法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
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寺報「西念寺だより 専修」 年1回発行 〜 第39号<2014年6月発行>
 
 

人生の「完全燃焼」


「この世をしもうていく」


最近聞いた話ですが、石川県・富山県では、人が亡くなることを、

「(娑婆を、この世を)しもうていく」

と表現するそうです。

「しもう」はおそらく「しまう」が変化したものでしょう。

「しまう」」(仕舞う・終う・了う)とは、「終わりにする」「かたづける」の意味で、頭に「お」を着ければそれこそ「おしまい(御仕舞い)」(終わること。物事がだめになること。または、非常に悪い状態になること)になります。

この言葉にふれた時、私は、人の一生が終わっていくことを「しもうていく」と表現する背景にはいったい何があるのだろうか、と考えずにはいられませんでした。

人の死を「おしまい」と表現することもないわけではありませんが、必ずしも良い意味でではなく、現在公の場で使われることはまずありません。

しかも「しもうていく」です。
単に「終わる」でも、受身的に「終わらせられる」でもなく、「終わらせていく」のです。
そこに「決意」というか、「主体的な意思」を感じ取ることすら可能です。

そこで石川県在住の知人に尋ねたところ、大切な人が亡くなった時に残された人が亡くなった人に対して言う言葉、亡くなった方に対して手向ける言葉として聞いた覚えがあるとのことでした。
富山県の旧友も、誰かが亡くなられたことを知らせる際に、

「うちの婆ちゃん、今、しもうていかっしゃった」

といった言い方をすると教えてくれました。

そこであらためて辞書を引いてみたところ、「しまう」には「やり終える。しとげる。しすます」、「しまい」には「結末がつくこと。片をつけること」の意味があることに気づきました。

石川・富山両県が「真宗王国」とまで呼ばれた土地柄であることを考えれば、「しもうていく」の「いく」とは、ただ単に「逝く」ではなく「往く」南無阿弥陀仏と称えて命終って浄土に生まれて往く (念仏往生)。
つまり「しもうていかれた」とは、


「この方は、念仏の信仰に支えられ、この世での自分の務め・役割を立派に果たし遂げて往かれた」

と亡き人を褒め讃えた言葉であると考えて良いのではないでしょうか。

「涅槃に入る」


こう考えた時、私が思い起こしたのは仏教の開祖である釈尊、お釈迦さまのご最期でした。

紀元前5世紀半ば、北インドの小国シャーキャの王子として生まれたお釈迦さまは29歳の時、国と妻子を捨てて修行の道に入られます。(出家)
6年間の修行の後、35歳でブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開かれ(成道)、その後45年間、インド各地を遊行し、最後は故郷に向かう旅の途上、クシナガラ村の沙羅双樹の下、80歳で命終わられるまで教化伝道の旅を続けられました。

このお釈迦さまのご臨終を私たち仏教徒は、

「如来(にょらい)は涅槃(ねはん)に入られた」

と語り伝えてきました。

「如来」とは仏の徳を表す言葉の一つで「如(=真実・真理)から来た」、つまり真理を覚った仏陀(ブッダ、覚者)はまた、真理そのものから現れた人でもあることを示しています。

「涅槃」は古代インドの原語では「ニルヴァーナ」と言い、「吹き消すこと」「吹き消した状態」を意味します。
つまり「涅槃」とは「煩悩(ぼんのう)の火を吹き消した状態」を指す言葉なのです。

御存じのように「煩悩」とは、貪欲(とんよく、貪り)・瞋恚(しんに、怒り)、愚痴(ぐち、不平不満・妬み)といった私たちが起こす醜い心の動きのことです。

これらの煩悩に振り回されて行った様々な行為(罪業)の結果、私たちは死後、様々な責苦を味わう「地獄」、飢えと渇きに悩まされる「餓鬼道」、人に使役される「畜生道」、休むことなく戦い続けねばならない「修羅道」といった「悪道」に生まれ、罪を犯さずに済んだ者は「人界」あるいは「天上界」に生まれ、それら迷いの世界への転生を永遠に繰り返す、というのが古代インド以来の「流転輪廻」(るてん・りんね)の思想です。

これに対して、流転の原因となる煩悩の火を吹き消したお釈迦さまはもはや二度と迷いの生に生まれることはない。
今のこの人生をもって輪廻における最後の生とされた
※1、というのが「涅槃に入られた」の意味なのですが、言葉を換えれば、お釈迦さまはもはやどこにも生まれ変わる必要がなかったのでしょう。

「死んでも死にきれない」、あるいは「化けて出る」という言葉がありますが、あれはこの世に何かしら無念や未練があって別の存在(幽霊)にでもならない限り片がつかない、ということなのでしょう。

お釈迦さまは自らの命を完全燃焼なさった。
自分の生を充分に生き切った。
なすべきことをすべてなし終えて満足して亡くなっていかれたことを表すのがこの「涅槃」の一言ではないでしょうか。


完全燃焼


「釈迦涅槃図」が伝えるお釈迦さまのご最期ですが、実際には埃まみれの、痩せ衰えてボロ布をまとった老乞食が道端で行き倒れたに過ぎません。
しかも直接の死因は食中毒、信者が布施したキノコ(あるいは豚肉)に当たって激しい下痢を起こしたことによるもので、決して美しい姿ではありませんでした。

また、偉大な宗教家・聖者として尊崇を集めたものの、デーバダッタ(提婆達多)ら敵対者も少なくありませんでしたし、出家して修行の道を選ばれたことにしても、本来担うべき王子・父親としての責任を放棄したとの批難もあったでしょう。
(実際、お釈迦さまの晩年に祖国は隣国コーサラの侵攻を受けて滅亡しました。)
お釈迦さま自身「この世で非難されない人はいない。賞賛されるだけの人もいない」
※2と語っておられます。

お釈迦さまといえども老・病・死から自由だったわけではなく、毀誉褒貶のただ中を生きていく他はありませんでした。

石川県地方にはこれも日常会話で用いられる

「遇うべきものには、遇わんならん」

という言葉があるそうです。

私たちは生きていく上では出来れば遇いたくない出来事に遭遇することがあります。
そんな時私たちは往々にして、

「なぜ自分だけがこんな目に……」

と嘆き、

「それに較べ誰某(だれそれ)はお気楽で幸せそうだ」

と他人を羨み、

「自分がこんなに不幸なのは誰某(世の中)のせいだ」

と犯人捜しをします。

これに対して「遇うべきものには遇わなければならない」とは、人生における幸も不幸もすべてを

「これが私の人生である」
「この人生こそが私の生きる場所である」
「ここ以外に自分の生きる場所はない」

と引き受けていく「覚悟」を示す言葉ではないでしょうか。

お釈迦さまは80年のご生涯におけるあらゆる苦難を甘んじて受け、耐え忍び、命尽きる直前まで自らが覚った法(ダルマ、真理)を説き続けられたました。

自らの人生を回顧して、「私は自らが覚った法を何一つ隠さず、内外の隔てなく、余すところなく説いた」※3と語っておられますし、死を目前にしながらも、質問に訪れた外道の修行者スバッタに法を説き、最後の弟子として教団に迎え入れておられます。
そして、最後の最後まで「何か聞き残したことはないか。この(最後の)機会に尋ねておくことはないか」と繰り返し弟子たちに対して尋ねられ、

「もろもろの事象は過ぎ去るものである。
怠ることなく修行を完成しなさい」

との言葉を最後に亡くなっていかれたのです。

それゆえにこそその死は、後世の心ある人たちから「如来は涅槃に入られた」と褒め称えられたのです。

お釈迦さまとは較べるべくもありませんが、私たちもまたいつの日にか、「あの人も、しもうていかれた」と見送ってもらえるよう、各々の場所でそれぞれの務めを精一杯果たしていくことを「願われている」のではないでしょうか。

……それこそ、阿弥陀さまから。

「かの如来の本願力を観ずるに、
凡愚遇うて空しく過ぐる者なし。」(親鸞聖人『入出二門偈頌』)


(『西念寺だより 専修』第39号〈2014年7月発行〉掲載)


※1『感興のことば』第32章

「43.心が煩悩に汚れていないで、実体についての固執を絶ち切った修行僧にとっては、生れをくり返す輪廻が滅びている。
 今や迷いの生存を再び繰り返すことはない。」
「45.生存に対する妄執を滅ぼし、実体についての固執を絶ち切った修行僧にとっては、生れをくり返す輪廻が滅びている。
 今や迷いの生存を再び繰り返すことはない。」
※2『感興のことば』第29章

「45.沈黙せる者も非難され、多く語る者も批難され、すこしく語る者も批難される。世に非難されない者はいない。」
「46.ただ誹られるだけの人、またはただ褒められるだけの人は、過去にもいなかったし、未来にもいないであろう。また現在にもいない。」
※3『ブッダ最後の旅 ―大パリニッバーナ経―』

「わたくしは内外の隔てなしに(ことごとく)理法を説いた。
 完(まった)き人の教えには、何ものかを弟子に隠すような教師の握拳(にぎりこぶし)は、存在しない。」

 

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