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「メメント・モリ」(死を想え)
  「生は問いであり、 死は答えである。」― 
(リカルド・フッフ)
                 
 
 
『昭和』は遠くなりにけり


ついこの間始まったばかりのように思っていた「平成」の時代も、気が付けば早や30年。
来年には今上陛下が譲位され、5月には新しい元号に改められます。
子供の頃にブラウン管(死語)を通して親しんだ著名人芸能人の病臥や死去の報を耳にすることも少なくなく、「昭和は遠くなりにけり」を実感する昨今です。

訃報が届くのは何も著名人ばかりではありません。
私自身、学生時代に親しく謦咳に接した先生方や机を並べた同級生、それどころか後輩の急逝の報まで飛び込んで来るとあっては、「生死無常」の厳しさそしてその道理の前ではこの私もまた例外ではいられないことを否応なく実感せざるを得ません。

「自分が後どれだけの年数を生きられるのか。
 限られたその時間を自分はどう生きていけばよいのか。」

といった想いが時として私の脳裏をよぎります。


「死もまた我等なり」(清沢満之)

思えば、私たちは「死」を忌み嫌うべきものと見なしてきました。

葬儀の際の「浄め塩」にその名残りを残しているように、私たちにとって死は得体の知れない「穢れ」(ケガレ)を発生させるものでした。

「穢れ」とは「気枯れ」、つまり私たちの「気」(生命力)を枯らしてしまうものであり、それが伝播すれば集落(共同体)全体を滅ぼしかねない恐ろしいものでありました。
そのため死者が出た家の家族を一定期間集落から隔離し、もう戻しても大丈夫か、「穢れ」は残っていないかを見極めてから、隣近所との交際や集落行事への参加を許すことにしました。
それがいわゆる「忌明け」の風習です。

(ちなみに赤ちゃんの初のお宮参りもまた「忌明け」と呼ばれます。
出血等を伴う出産もまた「穢れ」を発生せるものとされ、同じ家屋敷内であっても、産屋(うぶや、産室)は母屋と離して準備されました。
ただしこの場合は、他の家族を穢れから守るのと同時に、体力の落ちた妊婦と抵抗力の弱い新生児を雑菌から守る意味合いもあってのことかも知れませんが)

このような共同体の維持という現実的な側面もありますが、私たちが他者の死を忌避するのはもしかしたらもっと深い、生物としての「本能」に根ざしたものであるかもしれません。
つまり、「自分が『死ぬ身』であることを認めたくない」からではないでしょうか。

いずれにしても現代のこの日本社会では死を語ることはタブーとされています。
病院死が当然となり、死は私たちの眼前から隠され、私たちは死から目をそむけ死を忘れて、もっぱら生の側面、生きている間の幸福追求にのみ邁進してきました。

なぜなら、私たちにとって死とは〝すべての終わり〟であり、どんな楽しげな人生も、いかなる営為も死によって無意味になると考えられているからです。

これに対して私たちの宗門(真宗大谷派)の大先輩清沢満之(きよざわ・まんし)師(1863・文久2年~1903・明治36年)はその日記に、
「生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。
 我等は生死を並有(へいゆう)するものなり。」
という言葉を遺しています。


   
   

 【 清 沢 満 之 】
   
 
直訳すれば、
私たちは、生きている間だけが自分の人生だと考えがちだが、そうではなく、死も私たちの人生の一部なのだ。
生と死両方を備えたものが人生なのだ、

となるのでしょうか。

この「生死を並有する人生」とは、言葉を換えれば「死に向かって生きる人生」となるのではないでしょうか。

そしてこの「死に向かって歩む生」をドイツの女流詩人リカルド・フッフ(1895~1945)は、

「生(生きること)は問いであり、死は答えである。」
という言葉で表現しました。

つまり、
「私たちの生は、いつか必ず訪れる私自身の死から、絶えず『お前、今の生き方で良いか?』『今のままでお前は納得して死んでいけるのか?』と問いかけられている。
そしてそれに対する『答え』も、一度出したらそれで終わりというものではなく、死の瞬間まで自分自身の『生き様』によって答えを出し続けなければならないのだ。」
というということではないでしょうか。

分岐点での「選び」

最近、アメリカンフットボールの日本大学・関西学院大学定期戦で、日大のA選手がプレー終了後の悪質なタックルによって関学のB選手を負傷させた事件が話題となっています。

加害者であるA選手が、自ら開いた記者会見で顔と実名を晒してそれによって様々なリスク(危険)が生じることを覚悟の上でB選手と関学側に謝罪し、それが日大の指導者(監督・コーチ)の指示によるB選手の負傷欠場を意図した故意の反則だったことを告白したのです。

しかも事件の背景・経緯を明らかにしながら、彼はあくまでも「指示に従ったのは自分の弱さであり、反則行為を行ったのも自分自身である」、全ては自分の責任であるとして、指導者に対する恨みや批判(責任転嫁)を口にすることなく、「自分にはもはやアメフトに関わる権利(資格)はない」と競技から身を引くことを表明しました。
その潔い態度に、当初A選手個人を吊し上げる感のあった世論も一転し、ついには被害者側であり刑事告訴すら表明していたB選手の父親までもが、A選手に対する情状酌量を口にする流れとなりました。

これに対して日大とそのアメフト部の指導者は「故意に負傷させるように指示してはない」と主張、「指導者側の指示とA選手の理解との間に『乖離』があった」指導の際に両者が意思の疎通を欠いていた、つまりは、「A選手が指示を誤解して悪質な反則に及んだ」と弁解したものの、その後も反則を繰り返すA選手を交代させることなく試合に出し続けたことなどから見て、到底説得力のある説明とは見なされず、結果、日大側は世間の指弾を浴び、指導者個人の進退のみならず、大学の存立そのものをも脅かしかねない大騒動に発展しました。

ここからは私の想像も入りますが、各種報道によれば、試合前のA選手は精神的に相当追い詰められていたと思われます。
当時の彼の胸中を慮れば、おそらく
(監督・コーチの「命令」に従わなければ自分は今後試合はおろか練習にすら参加させてもらえない。
 これまでの自分の努力は水の泡になり、選手としての将来が閉ざされてしまう。
という不安で一杯だったのではないでしょうか。

また、この監督は日大全体においても権力者(理事)でもあり、睨まれれば選手としてばかりか卒業後の就職、社会人としての未来すらおぼつかなくなる。

まだ若い20歳の大学生にとって、これは恐怖以外の何物でもありません。
当時の彼に反則行為以外の選択肢はもはや考えられなかったのでしょう。

しかし、試合後の彼に残ったのは、大好きだったアメフトというスポーツを汚してしまったという後悔とB選手への罪悪感だけだったのではないでしょうか。

そんな自責の念の中、彼はこう自問したのではないでしょうか。
(自分は今後の人生をどう生きていくのか。
 故意に人を傷つけておきながら何も感じず、謝るどころか見え透いた言い訳を駆使してひたすら保身に走る。
 試合後に零した悔恨の涙さえ「弱さ」と切り捨てる。
 そんな一生を自分はこれから生きていくのか。
彼が具体的に「そんな生き方をして死ぬ時に後悔しないか」という問いを起こしたかどうかはともかく、自らの良心に問うた時、彼ははっきりと「ノー」「絶対に嫌だ」という声を聞いたのではないでしょうか。

ではその声に忠実に生きるには何をすればいいのか。
この問いに対しておのずと浮かんできた答え、唯一の回答が
「たとえどんな結果になろうとも、周囲がどれだけ心配し反対しようとも、自分の顔と実名を表に出して謝罪する。」
だったのでしょう。

第一の選択で彼は失敗しました。
B選手の負傷が大したものではなくて本当に良かったと思います。
この失敗のツケは今後A選手自身が払っていかねばなりません。

しかし彼は第二の選択では失敗しなかった。
第一の失敗を失敗のままで終わらせなかった。

もちろんこの先の人生、彼が第二の選択を後悔する日が絶対に来ないとまでは断言できません。
世の中の人すべてがあの会見を好意的に見てくれているわけではありませんし、今回の彼の決断を「逆恨み」する人がいないとも限りません。

それでも私は彼のこの選択を「よかった」と思いたい。
少なくとも今この時点において、彼自身がこの選択に「胸を張れる」と思うからです。

リカルド・フッフの言葉を私は「未来の死から現在の自分の生が問われており、私たちは人生の最期まで自分自身の『生き様』でそれに答えていかなければならない」と解釈しました。

「生き様」とはつまり、人生の途上において無数に立ち現れる様々な分岐点、分かれ道においてどういう選択をするのか、何を基準に、何に立って選択していくのか、ということではないでしょうか。

人生における問いと答え

ただ、私たちの良心の源泉ともいえるこの「死からの問いかけ」は誰にでも聞こえるものではないようです。
聞こえない人には全く聞こえない。
あることにすら気づかない。

でも本当は誰にでも聞こえるはずなんです。
聞こえないふりをしているだけなのです。
誰だって自分自身を愛しいと思い、自分の人生を大切だと想っているはずなのですから。

その思いに正直であろうとすれば、聞こえないはずはないのです。

人間にとって最も悲惨な事柄は空過(くうか)人生が虚しいまま終わることだと仏教は説きます。

ノンフィクション作家柳田邦男さんに『「人生の答」の出し方』という題の本があります。
作品中、不治の病に罹った人が人生に絶望せずに希望を持って生きていく話が 紹介されていますが、本の帯には、
「『人生の答』とは何だろうか。
 そもそも人生に『答』などというものがあるのだろうか。
 『ある』と言える人にはあるし、『ない』と言う人にはないと答えるしかない。
 なぜなら、『人生の答』とは、ただ待つ人に与えられるものではなく、ひたすら作ろうとする人が生み出すものだからだ。」
と書かれています。
「お前は今のままで死んでいけるのか。最期の時に「自分の人生は失敗だった」と後悔しないでいられるか。
 社会的な成功や名声、物質の幸福を求めてやまないお前の心の奥底から響いてくるその声こそがお前の真の「願い」なのだ。
 その声に、「死からの問いかけ」に耳を澄ませ、その声に誠実に答え続けていく。
 それ以外に人間が空過を超えていける道はないのだ。」
これこそが仏教の「智慧」が、ある時は「諸行無常」の道理として、ある時は「阿弥陀仏の本願」として私たちに要請している生き方ではないのか。
私はこのように受け止めるのです。

 
(『西念寺だより 専修』第43号に掲載)
 
   
  【追記⓵】 

“口封じ”明らかに 第三者委中間報告
「日本大がアメリカンフットボール部による悪質タックルの事実解明などを目的に設置した第三者委員会(委員長=勝丸充啓弁護士)は、6月29日、東京都内で記者会見し、中間報告を公表した。
内田正人前監督と井上奨(つとむ)元コーチの指示と認定し、日大の関係者や職員が選手らに指示を公にしないよう隠蔽(いんぺい)を図っていた新たな事実も明らかにした。……
勝丸氏は「他の選手にも繰り返し、似たような指示が行われていた」と述べ、反則行為を伴う指示が日常的だった実態を明らかにした。」(『毎日新聞』ウェブ版・
   
   
  【追記②】

日大理事の隠ぺい指示明らかに「総力挙げてつぶす」
日大アメリカンフットボール部の反則問題で、日大の第三者委員会が7月30日、都内で最終報告書を公表した。.......
日大の第三者委員会の最終報告書で、日大の理事を当時務めていた井ノ口氏らによる隠蔽(いんぺい)工作の詳細が明らかになった。
危険なタックルがあった関学大との定期戦から約1週間後の5月14日、内田前監督の指示で井上前コーチが加害選手とその父親を大学に呼び出した。その場で井ノ口氏は内田前監督らの関与がなかったと説明するように求め「(同意すれば)一生面倒を見る。そうでなかった時には日大が総力を挙げてつぶしにいく」と口封じを図った。
その2日後には、日大職員がアメリカンフットボール部員数人に、日大の事情聴取の際に内田氏の指示について話さないように求めた。(『日刊スポーツ』ウェブ版・
   
   

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