法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
「西念寺婦人会だより」2023年1月~12月分
 

 
 2023年3月発行 掲載分

お釈迦様の悲しみ
                 

「すべての者は暴力におびえる。
 すべての(生きもの)にとって生命は愛しい。
 已が身にひきくらべて、殺してはならぬ。
 殺さしめてはならぬ」 (釈尊『ダンマ・パダ』)


昨年2022年2月24日、プーチン大統領率いるロシアがウクライナに侵攻してから1年が経ちました。

“旧ソビエト連邦の夢再び”とばかり「大ロシア主義」を掲げるロシアは大国の威信にかけて、長年旧ソ連の圧政と搾取に苦しんで来たウクライナは自治と自由ある未来に向けて、互いの大義・正義の名のもとに戦闘を継続し、今もって停戦の兆しはありません。

政治的観点から言えば、今回の戦争は明らかにロシアによるウクライナ国土への一方的な侵略であり、

「子供たちの未来のために、私たちは負けるわけにはいかないのだ」
「Слава Україні!(スラーヴァ・ウクライニ)」(「ウクライナに栄光あれ!」)

と叫ぶ在日ウクライナ人の声を聞けば、第三者・傍観者に過ぎない日本人の私も、心情的にウクライナに肩入れせずにはいられません。

しかし、一方で、動員を受けて

「俺たちは死ぬんだ」
「生きては帰れないんだ」

と泣き叫ぶロシア人兵士達の動画を見れば、その悲痛さに胸が詰まります。

どちらもが譲れないであろうことは一応は理解できますが、それでも、一日も早い戦争終結を、と願わずにはいられません。

冒頭に挙げた一句は、お釈迦様の肉声を伝える経典『ダンマ・パダ』(漢訳して『法句経』)の一節ですが、お釈迦様がこの言葉を発せられた背景には以下のような出来事があります。

まず、この「お釈迦様」という呼称ですが、「釈迦」とはお釈迦様の本名ではありません。
正確には「釈迦牟尼」(シャーキャ・ム二、釈迦族出身の聖者)の語の略であり、「釈迦」(シャーキヤ)とは個人名ではなく、お釈迦様が王子として生まれた一族、もしくは国の名であります。

(ちなみにお釈迦様の本名はサンスクリット語では「ガウタマ・シッダールタ」(パーリ語では「ゴータマ・シッダッタ」)であり、ガウタマ(ゴータマ)が名字で「もっともすぐれた牛」という意味、名前がシッダールタ(シッダッタ)は「目的がかなえられた」「全てのことが皆成就した」という意味だそうです)

釈迦国は現在のインド・ネパール国境付近に位置するカピラヴァストゥを都とした小国でしたが、この国はお釈迦様の晩年、隣国コーサラによって滅ぼされてしまいます。

お釈迦様の出家後、強国コーサラのパセーナディ王(波斯匿王・はしのくおう)は釈迦族から妻を迎えたいと申し入れました。
自らの血筋を高貴なものと誇っていた釈迦族はこの申し入れに対して不遜、身の程知らずの振る舞いだと激怒しました。
しかし、要求をはねつければ、面子を潰されたパセーナディ王は当然釈迦国に攻め入ります。
対応に苦慮した貴族マハーナーマ(摩呵男・まかなん)は、自分が以前下女(奴婢)に生ませた容姿端麗な娘を王に嫁がせました。

やがて国王夫妻にはヴィドゥーダバ(毘瑠璃・びるり)太子が生まれ、成長した太子は釈迦国に留学するのですが、そこで自らの出自を暴露され、「下女(奴婢)の子」と罵られ、釈迦族への深い恨みと復讐の念を抱いて帰国します。

父王を廃して即位した直後、ヴィドゥーダバ王(毘瑠璃王)は釈迦族殲滅の軍を発します。

しかし王は、カピラヴァストゥへの行軍の途中、街道脇の枯れた樹木の下に座るお釈迦様に出会います。

「なぜ青々と繁った木の下にではなく、枯れ木の下に?」

と問う王に対して、お釈迦様は、

「大王よ、親族の陰は涼しい」

と答え、その意を汲んだ王はいったんは軍を引きます。

しかし、王の怒りはやはり収まらず、もう一度同じやり取りが繰り返された後、3度目の出兵の際にはお釈迦様はもはやお止めにならず、釈迦族は滅亡しました。

(ただし、その7日後、悪業の報いとして、ヴィドゥーダバ王とその軍勢は川遊びの際に暴風雨に襲われ、全員が溺死した、と『仏伝』は伝えています)

冒頭の句の他にも

「怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。
 怨みをすててこそ息む」(『ダンマ・パダ』)
「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ」(『スッタニ・パータ』)

といったお釈迦様の言葉が残されていますが、これらは一族の滅亡を目にしたお釈迦様の、今も昔も変わらぬ「人間の愚かしさ」「憎しみと暴力の連鎖」への深い悲しみと嘆きの「叫び」であると言えましょう。

   
  (『西念寺婦人会だより』3月号に掲載)
   



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