「住職日記」(2007年1〜4月分) | |
「一期一会」
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〔季節の花・五態〕 |
「日記」の更新が滞っているので、文章を考える手間を省く(オイオイ!)意味もあって、西念寺に咲く季節の花々を載せてみました。(コラコラ!!) どれも西念寺の境内で今日現在咲いている花を撮影したものです。
さて、花を撮ろうと思い立ったのはいいのですが、これがなかなか難しい。 たとえば、上段の「牡丹」ですが、蕾が大分膨らんでいるものの撮り頃はもうちょっと先かな、と思っていたら、ここ数日の暖かさでアッと言う間に満開。気がつけばやや盛りが過ぎたか、という始末。 今日の花はすでに昨日の花ではなく、明日の花はもはや今日の花には非ず。 「あたりまえ」と言えば「あたりまえ」。 「昨日と同じような今日。今日と同じ明日、明後日…」と漫然(ダラダラ)と暮らす昨今であります。
(4月22日) |
〔お・ま・け〕 |
これも季節の風物詩、 「タケノコ」です。 (……所詮、私は「色気」より「食い気」) |
「春遠からじ…」 |
例年より早い「フキノトウ」です。 ……「花粉」もだいぶ飛んでいるようです。(ヘックショイ) (2月20日) |
親鸞聖人「田植え歌」 |
2月2日(金)、全国的に雪。 昨夜来降り続いた雪のため、境内にもかなりの積雪あり。 午後、雪のやみ間をぬって雪かき作業。 以下は作業の間に私の心に湧いた妄念妄想です。 ………………………………………… 宗祖親鸞聖人の作と伝えられる「田植え歌」があります。
宗祖が関東を教化されていた期間中(42歳からの約20年間)にお作りになったと言われ、また帰洛の旅の途上、錦織寺(真宗木辺派本山 ・滋賀県野洲市木部)にご滞在の折、現地の農民に教え、現在まで歌い継がれているとのことであります。 この「田植え歌」が本当に宗祖の御制作であるのか、それとも後代の誰かの作であるのかはともかく、これは実は大変な「発明」ではないかと思います。 「教化」という観点から見れば、日常生活の中で念仏の要義を学び、自らの労働の苦労(実体験)を通して阿弥陀仏の因位法蔵菩薩の「御苦労」(五劫思惟・永劫修行)に思いを致す(実感する)ことができます。 また、「作業効率」という観点から見れば、忙しい農作業の手を休めることもなく、 また、歌を通して肉体労働の単調さ、苦しさを忘れ、リズミカルに作業を進めることができます。
……と、ここまで書けば私が何を言いたいのかもうおわかりでしょう。 だ、誰か、親鸞聖人の「雪かき歌」をつくってくれ〜〜〜〜。(叫) (2月2日) |
(2月1日) |
父と息子の信仰談議 少し古い話になりましたが、昨年の報恩講の前夜(10月27日)、蒲団の中で息子(小4)が急にこんなことを聞いてきました。
(な、何だいきなり、とは思いつつも気を取り直して)
我ながら教科書的だなとは思いつつ答えたその言葉に対して、息子から次なる質問が……、
更には、
それにしても、相変わらず唐突かつスルドイ質問で親父を困らせるやつだ。
「仏教・真宗を信じる」とは言っても、「自分が仏教・真宗を信じる」というよりは、仏教・真宗の方が私を捕まえて放してくれない、仏教・真宗に、親鸞聖人に捕まえられた、とい
った方が正確、かな。 「仏になる」云々に関しては、足利源左衛門さん(妙好人因幡の源左・1842〜1930)の言葉を2編を紹介して勘弁してもらいましょう。
それはそうと、息子よ、ありがとう。 (1月17日) |
謹 賀 新 年
旧年中の御厚誼に深謝し、本年も宜しく御指導の程お願い申し上げます。 (2007年1月1日) |
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