法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
「住職日記」(2009年1〜6月分)

 

 
 

街角の風景
       

 

 皆生温泉の街角で見つけた自動販売機。

 町おこしの一環で「弓ヶ浜(ゆみがはま)三聖人」として地元出身の有名な芸術家(表現者)3人を似顔絵で描いたものです。

 上から映画監督の岡本喜八(鳥取県米子市出身・1924−2005)。

 続いて漫画家の水木しげる(境港市出身・1922− )。

 一番下が写真家の植田正治(境港市出身・1913−2000)。

と、これだけなら別に何と言うこともないありふれた街角の風景。
わざわざここで紹介するまでもない話なのですが、実はこの似顔絵を書いたイラストレーター、私のイトコなのです。


 

 自販機前面の岡本喜八監督の右横に小さなサイズで描かれているのが彼の自画像。

(コ レ コ レ)

 高校卒業後、進学のために上京。某新聞社(美術部)勤務を経て独立し、フリーのイラストレーター・風刺漫画家として活躍中の現在(いま)も故郷を忘れず、ジゲおこしのプロジェクト(NPO法人喜八プロジェクト)に協力してくれたというわけです。

 


 

 自販機設置当初は地元マスメディアに取り上げられたりもしたのですが、「現物」を見るのは 私もこれが初めて。
 都会で頑張っている彼を思い出して思わずパシャ、即アップとなった次第です。

 今更ワタクシごときが申し上げることではないかも知れませんが……

 業界ならびに地元の皆様、

 酒を愛し、忌野清志郎の死に涙し、何より岡本喜八監督を尊敬する

好漢松村宏を今後とも どうかよろしくお願い致します。

(5月4日)

《松村宏関連ウェブサイト》
『かおかぶランキング』
『松村宏のNEWSな顔』(市民記者ニュース・ネットニュースーJanJanニュース―)
「火曜だよ、哀の劇場」(『火曜だよ、通販生活』コーナー)


【追 記】

 最近では映画の絵コンテも手がけているそうで、「おくりびと」(滝田洋二郎監督・2008)のエンディング・ロールに名前を見つけた時には正直のけぞりました。

 ホント、私ごときが申し上げることではない……。

 

オマケ
 

 


“岡本喜八”自販機をもう一枚。

(12月26日)

 
 

牡丹四態

今年も裏庭の「牡丹」が綺麗に咲いてくれましたので、皆様にもお裾分け。

(……と言いつつ実は「更新」が苦しくなると「写真」に逃げるワタクシなのでした。m(_ _)m )

 
 
 
     
 


(やっぱり携帯よりデジカメの方が数段「画質」は良いな〜。10年近く前に買った旧型だけど……)

(4月30日)

 
 

『夢の記
               ― 釈迦涅槃会の日に ―


釈迦如来かくれましまして
  二千余年になりたまう
  正像の二時はおわりにき
  如来の遺弟悲泣せよ
          (親鸞聖人『正像末和讃』)


 先日の明け方、おかしな「夢」を見ました。

 ご法事か何かのお勤めの折、経本を開いてみると、経文の途中になぜか空白の部分がある。
 何気なく開いたあるページの途中から文字が消えていて、次のページも真っ白、数ページ先の途中から文が始まっている 、という有り様。

「何だ、これは。困ったぞ。」

 次の瞬間、ふいに、

「もしかして(経本の乱丁じゃなく)文字が消えていってる?」

という想いが頭をよぎったその途端、「案の定」というべきか、残った文字もどんどん消えて 、とうとう経本全部が真っ白になってしまった。

という夢です。

 さて、この「夢」、いったい何を意味しているのやら……。

 「教えのみが残る」と言われた「末法(まっぽう)」の時代も終わりを告げて、いよいよ「教えすらなくなる」とされる「法滅(ほうめつ )」、「経道滅尽(きょうどうめつじん)」の時代の到来でしょうか……

 って、何をいまさら……かな。(苦笑)

五濁増のしるしには
 この世の道俗ことごとく
 外儀は仏教のすがたにて
 内心外道を帰敬せり……
これは愚禿がかなしみなげきにして述懐としたり。
この世の本寺本山のいみじき僧とまうすも法師ともうすも うきことなり。
                                  (親鸞聖人「愚禿悲歎述懐讃」)

外(ほか)に賢善精進(げんぜんしょうじん)の相を現ずることを得ざれ。
内に虚仮(こけ)を懐(いだ)けばなり。(善導大師『観経疏散善義』)

仏教者、なんぞ自重せざるか。(清沢満之)

……さて、いったい「誰」のことでしょう?(謎)

(2月15日)

※「末法まっぽう」「法滅ほうめつ」「経道滅尽きょうどうめつじん

 釈尊入滅後の5百年は、仏法が正しく伝わっている「正法しょうぼう」の時代、つまりは教えがあり、それを修行し証〈さとり〉を開く者がいる時代であるとされる。
 その後の1千年は仏法の像〈すがた・かたち〉だけが残っているという意味で「像法ぞうぼう」の時代、つまりは教えも修行もかたちばかりで、証が得られない時代であるとされる。
 さらにその後の1万年は「末法まっぽう」、かろうじて教えの言葉だけは残っているけれども、行も証もともなわない時代であり、その1万年が過ぎると、教えすら残らない「法滅ほうめつ」(または「経道滅尽きょうどうめつじん」〉の時代となり、仏法は完全に衰滅するとされている。
 このような歴史観を「正像末しょうぞうまつ」史観と言う。

 
 

「仏とは何か?」


南無阿弥陀仏は生ける言葉の仏身なり。
如来、言葉となりて我を救い給う。
                      (以上、曾我量深) 

 五木寛之氏の新聞小説『親鸞』 ではここ数日間、磯長(しなが)の太子廟参籠から比叡山に戻った範宴(はんねん・19歳、後の親鸞)が、1日3000回の五体投地 (ごたいとうじ)を 連日繰り返し、その中で仏の姿や仏国土のありさまを観ようとする「好相行(こうそうぎょう)」に取り組む場面が描かれています。
 その中で彼は「仏とは何か?」という、ともすれば自明のこととされがちな、しかし、修行の言わば「原点」とも言える「問い」に目覚めていきます。

 〈そもそも、仏とはなんなのか?〉

 これまで考えてみることもなかった問題を、範宴は自分に問いかけた。もしそんな質問をうかつに口にしたら、お山では笑い者にされるだけだろう。
 徹夜の論議でとりあげられるのは、仏典や教学のなかにでてくる言葉の解釈や意義をあきらかにすることであって、それがすべてだった。……
 しかし、いま範宴が必死でさがし求めているのは、仏門という世界では、きまりきったようにあつかわれている根本の問題である。
 人はなぜ仏を求めるのか。そこから出発するしかないような気がしているのだった。

 〈そもそも、仏とは一体なんであろうか?〉

 五体投地をくり返しながら、範宴は必死で自問自答をくり返した。

(五木寛之『親鸞』第130回)

 この「仏とは何か?」という問いに対して、予想に反する形で答えを与えてくれたものが29歳の時の法然上人との、その教言―「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」(『歎異抄』)―との出遇いではなかったのでしょうか。

 普通一般からすれば、「仏」と言えば私たちは「仏像」に代表されるような視覚的イメージのそれを連想します。
 親鸞聖人の時代で言えば、上記の「好相行」や「常行三昧(じょうぎょうざんまい)」(本尊・阿弥陀如来の周囲を念仏を唱えながら90日間―宗祖の時代は7日間?―歩き続ける)といった修行による極限の精神状態、いわゆる「三昧(さんまい)」の中で観られるもの 、とされていました。
 しかし、視覚的に見られる「姿かたち」としての仏が「真の仏」なのではなくして、「南無阿弥陀仏」という「言葉」(さらに言えば「声」)こそが真の仏、人の心の中で生きて働く仏である。
 これが法然上人との出遇いを通して親鸞聖人が獲得した「真の仏」観だったのではないでしょうか。

真仏と言うは、……『論』(浄土論)には「帰命尽十方無碍光如来」と曰(い)えるなり。
                                               (『教行信証・真仏土巻』)

 曾我量深師(1875−1971)は、1956(昭和31)年渡米した際に、東本願寺ロサンゼルス別院輪番夫人の質問に答えて次のような言葉を揮毫しておられます。

一、仏様とはどんな人か
答、仏様は、我は南無阿弥陀仏と申すものであると名のっておいでになります、
二、その仏様はどこに居られるのか、
  われを南無阿弥陀仏と念じ称える人の直前においでになります、
三、そんならその仏を私達が念ずるにはどのやうな方法がありますか
  南無阿弥陀仏と、一念疑なく自力のはからいをすてヽ静なる心をもって、仏願くはこの罪深き私をたすけましませと念ずるのであります、
  これはだれでも、どこにてゐも、いつでも、かなしい場合でも、うれしい場合でもたやすく自由に仏を念ずることができるのです。……(以下、略)

 また、通常「真宗の本尊」観を表すとされる蓮如上人の次の法語

一、他流には、「名号よりは絵像、絵像よりは木像」と、云うなり。当流には、「木像よりはえぞう、絵像よりは名号」というなり。(『蓮如上人御一代記聞書』第69条)

も、見方を変えれば、まさしく「(真の)仏とは?」という「問い」に対する「答え」として了解できるかも知れません。

 
 


蓮如上人筆
「六字名号」
 

(1月21日)

   【追 記】

 五木寛之氏の『親鸞』、前日(20日)から一気に10年ワープして29歳になった主人公範宴がいよいよ六角堂百日参籠へと出発しました。
 宗祖の人生の一大ターニングポイント。
 聖徳太子の夢告をはたして五木氏はどう描くのか!?(ワクワク)

 と、思いきやなかなか目的地に到着しません。……(‐_-;)

 それもそのはず、「章題」をよくよく見ると「六角堂への道」編でした。……(ガックリ)

(1月28日)

 
 

本日の「大山」

 

市内某デパート立体駐車場屋上から撮影。

ボケボケなのは「天候」のせいです。
断じて「ウデ」のせいではありません!!(……たぶん)

(1月21日)

 
 

謹 賀 新 年

 この世の最大の不幸は、貧しさでも病気でもありません。
 自分が誰からも必要とされないと感じることです。
                            
(マザー・テレサ)

《阿弥陀如来の本願》

えらばず  きらわず  みすてず
                 
                 (竹中智秀)

        旧年中の御厚誼に深謝し、本年も宜しく御指導の程お願い申し上げます。

(2009年1月1日)

 
 

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