『千の風になって』
　

　一昨年の大晦日の「紅白歌合戦」を機に昨年大ブレイクした歌があります。

　こう書いただけで「ああ、あの歌か」と頷かれた方もおられたかも知れません。
　そう、テノール歌手の秋川雅史さんが歌われた『千の風になって』です。

　もともとは、急病によって妻を喪った友人とその子供たちのために、作家でシンガーソングライターの新井満さんがアメリカに伝わっていた作者不明の原詩を翻訳して曲をつけたものだそうですが、数年前に新聞で紹介されるや瞬く間に評判になり、ついには昨年の大ブレイクに至ったとのことです。

　私の個人的経験からしても、例えばご法事にお伺いしたお宅のテーブルの上にＣＤが置いてあったり、お内仏（仏壇）の脇に本があったり、会食の会場でＢＧＭとして流れていたりと、お身内を亡くされた人たちの心に強く訴えかける力を持った歌だということが知られ、また歌のもつ力の凄さを今更ながら思い知らされた気がします。

　「私のお墓の前で／泣かないでください」で始まるこの歌は、「そこに私はいません／眠ってなんかいません」（あるいは「死んでなんかいません」）と続き、「千の風に／千の風になって／あの大きな空を／吹きわたっています」と朗々と歌われていきます。

　最初の「私のお墓の前で／泣かないでください」というフレーズだけ聞くと、もしかしたら「お墓に参ってはいけないのか」と早合点する人もあるかもしれませんが、 もちろんそうではありません。
　むしろ、

「私をお墓の中だけに閉じ込めておかないでください。
　あなたの人生と無縁な存在にしてしまわないでください。」

という意味だろうと私は思います。

「私は死んで『いなくなる』のではなく、大自然の中を吹く風となって、いつでもあなたのそばにいる。
　だから風を感んじたら私のことを思い出してください。」

　逝ってしまった人はそれこそ「自分のことをいつまでも忘れないで欲しい」という思いを胸に抱いて、残された者は胸の中にポッカリと開いた穴の大きさ、言わば「喪失感」の大きさから亡き人の存在の大きさをあらためて知り、「もう一度会いたい」と切実に思う 。

　これら双方の思いを、大自然を吹き渡る「風」に託して結び合わせたのがこの『千の風になって』という歌なのでしょう。
　あるいは「死別」という大きな出来事によって断ち切られてしまったかに見えた両者の間の「絆」を、新しく結び直す役割をこの歌がはたしたとも言えるのではないでしょうか。

　「千の風になって／あの大きな空を／吹きわたっています」という歌詞の後には、

「秋には光になって／畑にふりそそぐ
　冬はダイヤのように／きらめく雪になる
　朝は鳥になって／あなたを目覚めさせる
　夜は星になって／あなたを見守る」

という歌詞が続きます。

　古来から豊かな自然と四季に恵まれてきたこともあって、私たち日本人は自然の事象の中からいろいろなことを感じメッセージを読み取ってきました。
　移ろいゆく四季の中で、時には心慰められ、励まされ、時には叱られて背筋を伸ばす思いさえも抱いてきたのです。

「日々の暮らしの中で、吹き渡る風や日の光、雪のきらめき、小鳥のさえずり、星の輝きに心癒される思いを抱いたならば、そこに私の『存在』を感じて取って下さい。
　あなたが感じてさえくれれば、私はいつもあなたのそばにいます。

　私をあなたのこれからの人生と無縁な存在にしてしまわないで、あなたの人生に寄り添うものにしてください。

　私はいつまでもどこまでも、縁ある人々を見守り支え励まし、育むものとなりたいのです。」

　これこそが、亡き人の、個人の名前を超えた『願い』というものではないのでしょうか。

　亡き人の思いを感じ取る手がかりは何も自然の事象だけとは限りません。
　お内仏もお墓も当然そうです。
　ありとあらゆるものを媒介として私たちはそれを感じ取ることができます。

　私たちが亡き人を遠い過去の人にしてしまわず、亡き人の思い、願いに耳を澄まそうとする限り、です。

　気がつけば私たちの存在すべて―身と心、ものの見方、感じ方、考え方すべて―が「貰いもの」、先人からの頂きものであります。
　亡き人を忘れようと忘れまいと、私たちは亡き人と共に生きているのです。

　私たちが生きていく上での、これが否定できない「事実」というものでしょう。

　眼前の雑事のみに心奪われがちな日常ではありますが、この「事実」を忘れず、この「事実」に立って、亡き人を自分の中で生かしながら、亡き人と共に日々を営んでいきたいものであります。

 （「西念寺婦人会だより」２００８年１月号掲載）
　

　　　『千の風になって』（訳詩・作曲　新井満）

　私のお墓の前で　泣かないでください
　そこに私はいません　眠ってなんかいません
　千の風に
　千の風になって
　あの大きな空を
　吹きわたっています

　秋には光になって　畑にふりそそぐ
　冬はダイヤのように　きらめく雪になる
　朝は鳥になって　あなたを目覚めさせる
　夜は星になって　あなたを見守る

　私のお墓の前で　泣かないでください
　そこに私はいません　死んでなんかいません
　千の風に
　千の風になって
　あの大きな空を
　吹きわたっています

　千の風に
　千の風になって
　あの大きな空を
　吹きわたっています
　あの大きな空を
　吹きわたっています

『今月の言葉』
　

無量無数の祖先が
私の身の中に
心の中に生きている
そして、どうか助かってくれ
そして、私を助けてくれ、と
みんな願っている。
　　　　　　（曾我量深）

　両者の違いをあえて挙げれば、『千の風になって』が私たちの「外」、自然の事象の中に故人を感じるのに対して、「今月の言葉」は私たちの「内」に、身と心の中に生きる故人（祖先）を感じ、出会っていくということでしょうか。

　「祖先が私の中で生きている」というのは、少し意識すれば日常生活の中ですぐに思い当たります。

　「身の中に生きる祖先」とは、自分が両親とよく似た身体を持つということからまず知られます。
　誰もが子供の頃から「あなたは『お父さん（あるいはお母さん）似』だね」と言われながら育ちます。
　歳を経るにしたがい顔だけでなく声や立ち居振る舞い、それこそ全体の雰囲気が両親、あるいは祖父母にまで似てくる。そっくりになってきます。

　このことからでしょうか、古代中国には「自分の身体は両親の遺体（なきがら・この世に遺してくれた身体）である」という考え方があったそうです。※１
　そしてそれゆえに自分の体をわざと傷つけることは大変な「親不孝」である、と考えられたそうです。※２

　「心の中」の方は、それこそ故人の面影や一緒にすごした日々の思い出、忘れないひと言など、私たちの心は間違いなくそれらから出来上がっています。

　また、私たちが普段自分のオリジナルだと思って発している「考え」や「意見」。その元となるものの見方・考え方。それらはすべていつかどこかで誰かから教え与えられたものです。
（「祖先」を精神的な「ルーツ（起源）」と考えれば、血縁だけに限る必要はありません。）

　身も心も、私の全体が祖先からの贈り物、賜りもので出来上がっていると言えます。

　このように曽我先生の「言葉」の前半はよくわかるのですが、問題は後半部分です。

　祖先が私に対して助かってくれと願っている、あるいは、自分を助けてくれと願っている、というのはどういうことでしょう。
　そもそもこの「助かる」とはいったいどういうことなのでしょうか。

　日本語の「助かる」という言葉は実に多くの場面で用いられます。
　いわゆる宗教的なことに限ってみると、信仰してお金が儲かる、病気が直る、争いごとが解決するといった悩み事の解決や願望の成就が「助かる」ことだと私たちは考えがちです。

　しかし、曽我先生の言われる「助かる」、浄土真宗（親鸞聖人の仏教）におけるそれはもっと根本的な意味だと思われます。

　親鸞聖人がおっしゃる「助かる」をもっとも端的に示している『和讃』があります。

「本願力にあいぬれば
　　むなしくすぐる人ぞなき
　　功徳の宝海みちみちて
　　煩悩の濁水（じょくすい）へだてなし」
　　　　　　　　（『高僧和讃』「天親讃」）

　「むなしくすぐる（空過）」。

　自分の人生が空虚なままで終わっていく。
　生まれてきたことに、生きていることに、自分が自分であることに何ら喜びや感謝の思いを抱けない。
　人生に無意味さと虚しさだけを覚えながら時間だけが過ぎていく。

　それは人間にとって最大の不幸であると言えます。

「ただの一人も人生を虚しいと感じたまま終わる人があって欲しくない。」
「すべての人が「生まれてよかった」と思える人生を歩んで欲しい。」

　これが「空しく過ぐる人なかれ」と願う阿弥陀仏の「本願」です。

　何かにつまずいて生きる気力を失った時、私たちはよくこんな「愚痴」をこぼします。

「こんな思いまでしてなぜ生きていなければならないのか。」
「自分なんか居ても居なくても同じ。むしろ居ない方がまし。」
「生きていてもつまらない。この世の中なんて生きるに値しない。」

　一度もこんな愚痴をこぼしたことがない、という人はおそらく世界中で一人もいないでしょう。

　しかし、これらの愚痴は、ある意味で大変傲慢かつ罪深いものでもあります。
　自分が今ここに在るのはそれこそ無量無数の祖先がそれぞれの生を懸命に生き抜いていのちの流れを繋いできたその労苦の結果であるという「事実」を忘れている、蔑ろにしているという意味で、です。

　子孫である私たちがそんな有様では祖先の人生が無駄だった―「いったい何のために自分は懸命に生きて次の世代にバトンを渡してきたのか。死んでも死に切れない」（助からない）―ことになります。
　反対に「生まれて来てよかった。お父さんお母さん、ご先祖さま、ありがとう」と心から言えるのであれば、それこそご先祖も「苦労のし甲斐、命の捨て甲斐があった」（助かった）というものでしょう。

　私が助かれば祖先も助かる。
　私が助かれば阿弥陀さまも助かる、のです。

　先日亡くなった高校時代の先生とかつて交わした会話が思い出されます。

「先生、教え子が立派になったのを見ると（教師としては）うれしいものですか。」
「お前、そりゃあうれしいわい（笑）。」

 （「西念寺婦人会だより」２００８年３月号掲載）

※１「身は父母の遺体なり。」（『礼記』）
※２「身体髪膚、これ父母に受く。あえて毀傷せざるは、孝の始なり。」（『孝経』）

〈参考文献〉
加治伸行『儒教とは何か』（ 中公新書・１９９０）

「見てござる」
　

　あらためて申し上げるまでもないことかも知れませんが、私たち浄土真宗の御本尊は阿弥陀仏、阿弥陀如来さまです。
　阿弥陀仏の「仏（ぶつ）」は「仏陀（ブッダ）」の略で「覚者、悟りを開いた人」という意味ですし、「如来」とは「如（真理の世界）から来た人」という意味です。
　どちらも仏さまの徳を表す言葉ですので、阿弥陀仏と言おうと、阿弥陀如来と呼ぼうと同じ仏さまのことです。

「阿弥陀仏（如来）」とは、「阿弥陀」という名前の仏様のことを示すわけですが、この「阿弥陀」とは、もともとは「無限」を表すサンスクリット語「アミタ」の音をそのまま写したもので、「無限のいのち」「無限の光」という意味を表しています。

　ではその「無限のいのち、光」という名を持つ阿弥陀如来とはどんな仏さまなのでしょうか。
　浄土三部経（『大無量寿経』・『観無量寿経』・『阿弥陀経』）にはそのことが詳しく記されていますが、今回それには触れず、私たちのご先祖が阿弥陀さまをどのような仏さまだと理解し、いただいてきたのかについてお話したいと思います。

　私たちの先達は阿弥陀さまを

「見てござる親さま」

と仰いできました。

「見てござる」、つまり、「見ていらっしゃる」「見ていて下さる」。
　誰を。「子供」つまり私達、一切衆生（しゅじょう・生きとし生けるもの）を。
　まさしく「親」のごとく、じっと、深い愛情を持って。

　話が横道にそれますが、俗説によれば、「親」という漢字は「木の上に立って見る」という意味だそうです。

「親は子供のやることを大所高所に立って見守っている」。

　もっともこの説は漢字の起源そのものからすると全くの間違いだそうで、現在の「親」という字を見て後から誰かが考えた意味づけなのだそうですが、「親」というものの役割をよく示した、いかにも成る程とうなずいてしまいそうな、よくできた話です。

　この「阿弥陀仏」イコール「見てござる親さま」という話を初めて聞いた時には私も、「ふ〜ん。そんなものかな」といった程度にしか考えていませんでした。
　しかし、この「見る」「じっと見ている」ということはそう容易な生易しいことではありません。
　それどころか大変な難行苦行であるとさえ言えます。
　ことに自分がいざ親の立場になってみると、です。

　最近の子育て論では「過保護はいいが、過干渉はいけない」と言われます。
「過保護」、充分に愛情を注ぐ、愛情を表現するのは過剰なくらいでも良い。
　しかし「過干渉」、子供のすべきことまで代わりにやってしまうのは、その学習の機会、自立の機会を奪ってしまうので良くない、というのです。

　しかし、実際の「子育て」と言えば……。

　ただ見ていても、子供が自分からやるのを持っていても一向に物事が前に進まない。
　時間だけがいたずらに過ぎ、親の我慢もやがて限界を超え、ついには口が出、やがて手が……。
　とてもとても「大所高所から…」というわけにはいきません。
　ただ見ているだけというはかえって忍耐が必要で、最初から手を出した方が親にしてみたらはるかに楽だ、という場面もしばしばなのです。

　またそうは言っても、衣食住すべてに手のかかった赤子も、成長するにつれ、だんだん手を出す機会が減り、しまいには口を出すことさえはばかられるようになっていき、やがて親は見ているくらいしかできなくなっていきます。

　また、見ている相手が子供ではなく、例えば病人だとしたらどうでしょう。

　病気が軽いうちならばあれこれと世話を焼くこともできますが、やがて病気が重くなり、医者に見放され、最期を待つばかりの重態となった時、私たちにできることは、目をそらさずにその人を見ていることだけではないでしょうか。

　手を出していられる、してあげられることのあるうちはまだましであり、まだ楽なのです。

　自分の大切な人が苦しむのを見ていることしかできない時、私たちはそのただ「見る」、見続けるという単純な行為ひとつにどれだけのエネルギーの消費を強いられるでしょうか。
　それこそ身を削り取られるほどの、をです。

　また、どれほど親しい関係であっても、人間関係の中では「目をそらす」という選択肢もあり得ます。
　親子でさえ「もう知らない（縁を切る）」ということがあるように。

　しかし、阿弥陀仏という親さまはいかなる時も、子供である私たちがどんな状況に置かれた時でも、またどれほど堕落してしまったとしても、目を離さずに見つめ続けていて下さるというのです。
「代わってやれるものなら……」という、それこそやる瀬ない想い、身を切られるような思いを抱えながら。

　浄土真宗のお仏壇（内仏）は、阿弥陀さまの居られる西方極楽浄土を表しています。
　そしてそのお浄土には命終わってお浄土に還って往かれた私たちの父母、ご先祖がおられ、阿弥陀さまと共に私たちにまなざしを注いでいて下さるのです。

　私たちは日々お内仏に向かい手を合わせ、お念仏申しますが、「南無阿弥陀仏」とは「私は阿弥陀という名前の仏を南無し―この上なく尊いものとして信じ敬い―ます」という意味の言葉です。
　ですからお念仏を称えることはそのまま「私は阿弥陀仏に南無する」と声に出して誓い、宣言していることになります。

　私たちのご先祖は亡き人の面影を通して阿弥陀さまの心を知り、亡き人の面影にまでなって私たちにその大悲の心を注いで下さる阿弥陀さまのそのまなざしに慰められ、励まされ、時には叱られて背筋を伸ばされ、日々を送ってきたのではないでしょうか。

見ていてくださると思えば気がひきしまり、
護っていて下さると思えば気が楽になり。
信心とは、お慈悲の角力（すもう）に負けたことなり。（一蓮院秀存）

 （「西念寺婦人会だより」２００８年５月号掲載）

生きている
　　ということは
決して
　　私の力ではないのだ。（高松信英）
　

　先日、私はある会合で、東南アジアのある国の孤児院を支援しておられる女性のお話をお聞きしました。
　市内で輸入雑貨店を開業し、その国から品物を仕入れては売り、その収益を孤児院に贈り、また実際に自分も現地でスタッフと一緒になって子供たちの世話をする、という活動を始めてからもう ５年ほどになるそうですが、なぜそんな活動を始めるようになったかについて、その方はこんな話をしてくださいました。

「自分はかつて建築関係の仕事に着いていました。
　いろいろな国の建築物を見るのが好きだったこともあって、若い頃から多くの国を旅してたくさんの写真を撮っていました。
　６年前たまたま訪れたその国で、ストリートチルドレンを初めて目にし、大変衝撃を受けました。

　当時３歳だった私の息子がその写真を見て、不思議そうな顔をして、

『ママ、なぜこの子はクツをはいていないの。』

と尋ねてきました。
　その問いかけに私は、

『世界中にはクツもはけない、ご飯も食べられない、貧しい子供たちがいっぱいいるのよ。』

と答えました。
　すると、その言葉を聞いた息子は大変悲しそうな顔をし、やがて泣き出してしまいました。

　しかし、この出来事から６ヶ月後にその子は事故で亡くなってしまいました。
　その後３ヶ月間、絶望の余り私は外出することもせず、息子のこと―それも、「いつ息子の後を追おうか」ということ―ばかりを考えて暮らしていました。

　そんなある日、私は一冊の本に出会いました。
　それは、幼くして亡くなった子供たちから両親に当てた手紙を集めた本で、その中の一文が私の眼にとまりました。
　それは、

『お母さん、今まで私に一杯の愛情を注いでくれてありがとう。
　今度は世界中の子供にその愛情を分けて上げてください。』

というもので、私にはそれがまるで息子から私に向けられたメッセージのように思えました。
　このことがきっかけで私はこの活動を始めることになったのです。」

　また、この方は、実際に赴いた孤児院でこんな経験もなさったそうです。

「自分は最初、孤児院にいる子供たちを『かわいそうな』子たちだと思っていました。
　でもそれは間違いだと気づかされました。

　その孤児院には障害のある孤児たちもいます。
　私はそれまで障害者とふれあった経験が全くなく、彼らと面と向かった時、どう接していいのかわからず戸惑っていました。
　その時、その障害のある孤児（男性）は、現地スタッフに何かを囁きました。
　彼が何を言ったのか後でスタッフに尋ねると、彼は、

『彼女（私）は遠い国からたった一人でこの国に来て心細いだろう。
　しっかりお世話してあげて欲しい。』

と言ったのだそうです。

　彼のことを『かわいそうだ』と思っていた私は、とても恥かしくなりました。
　今ではむしろ私の方が子供たちからエネルギーをもらっています。」

　聞けば、その孤児院は１０人足らずのスタッフで１６０人ほどの子供たちの面倒を見ているそうです。
　実際にその中に入って手伝ってくれば、精神的には充実しているかもしれないけれど、肉体的には相当疲れると思います。
　またいろいろな人たちに支援をお願いするにあたっては口にできない苦労もあるかも知れません。
　でも、この方はこの活動をやめることはないだろうし、決してやめることはできないだろうな、と私は思いました。

　なぜなら、この孤児院の支援活動は、息子さんが自分の死と引き換えにこのお母さんに与えてくれた新しい生き方、新しい生きる目的・意味だからです。
　この活動を続ける限りこのお母さんは息子さんと共に生きることができる。（もちろん、最愛のわが子を亡くした悲しみは、この方の胸の内から終生消えることはないでしょうけれども。）

　死んでしまった息子さんを、もう一度死なせてしまわないために。
　自分の胸の中でずっとずっと生かし続けるために。
　そして、わずか３歳で死んでしまった息子さんの人生が決して「無意味」ではなかったことを証明するために、この方はこの活動を続けていくのではないでしょうか。
　息子さんの人生を「輝かしいもの」にするのも、全くの「無」にするのも、これからのこのお母さんの生き方一つにかかっているのですから。

　 亡くなった息子さんから、そして孤児院の子供たちから、「力」―生きる意味とエネルギーと―を与えてもらいながらこの方は日々を生きておられるのでしょう。

……「生きている」ということは、決して「私」の力ではない、のです。

（『西念寺婦人会だより』２００８年９月号掲載）