法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
「西念寺婦人会だより」2017年1月〜12月分

 
2017年2月発行 掲載分

 
 
「生きる上で最も偉大な栄光は、決して転ばないことにあるのではない。
転ぶたびに起き上がり続けることにある。」 (ネルソン・マンデラ

今年皆さんに差し上げた年賀状には上の、南アフリカ共和国の弁護士・政治家であるネルソン・マンデラ氏(1918―2013)の言葉を添えてみました。

氏は母国のアパルトヘイト(人種差別政策)に抵抗して27年間投獄されましたが、1990年に釈放され、1993年にはノーベル平和賞を受賞。
翌年、同国初の黒人大統領に就任し、民族・人種間の和解と協調に向けて尽力されました。

ここで言う「転ぶ」とは、人がその生涯において様々な出来事や障害物に出遭って、挫折や失敗、あるいは絶望を余儀なくされることを指すのですが、氏によれば人生において大事なことは転ばないことではなく、転んでもいいから何度でも立ち上がることであり、立ち上がり続けることこそがその人の人生の本当の価値を決める、というのです。

そこで質問なのですが、人はなぜ「転ぶ」のでしょうか。

実際に人が転ぶ(転倒する)場面を思い出してみてください。

歩き始めたばかりの幼児はよく転びます。
それは頭が大きくてバランスを崩し易いからです。
また、高齢者が転び易いのは、足が自分で考えているほど高く上がっていないために、ちょっとした段差に引っかかるからです。

でもそれら段差や身体のバランスの悪さは、いわば縁(外的要因)であって、因(本当の原因)ではありません。

人が「転ぶ」本当の原因は何かと言えば、「歩く」からです。
歩かなければ、立って足を前に出さなければ「転ぶ」ということはありません。

人がなぜ転ぶのかと言えばそれは歩くからであり、人がなぜ生きることに傷つくのかと言えば、それは生きているからです。
予想外の事態に足元をすくわれたり、自分自身の油断や慢心が直接の引き金になったりしたとしても、生きているからこそ、前に進もうするからこそ人は転ぶのです。
ある程度の年齢に達していて、「転んだことがない」と言う人はおそらく一人もいないでしょう。

もちろん誰だって転ぶことは嫌いです。
好き好んで転びたいと思う人はいません。

ただ、振り返ってみればと、あの時転んでおいて良かったな。
あの時冷や汗の出るような思いをしておかなかったならば、自分は恥ずべきことを恥ずかしいとも思わない「天狗」のままで、「恥知らず」のままで来てしまっていただろうな。
そう思えるような経験が、私の乏しい人生経験の中でさえ、いくつかあります。

また、今の若い人たちを見ていると「転ぶこと」を極端に恐れているようにも見えます。
「もう、おしまいだ」「人生終わった」という言葉が簡単に口から飛び出して来るように思えます。

もちろん本人たちにしてみれば未経験の、容易ならざる事態でしょうし、社会全体が不寛容になってきているという面もあるでしょう。
でも一番の原因は若いがゆえの、転んだ経験がないからこその言葉なのではないでしょうか。
転んだからこそ見えてくることもあるはずです。

(何だ、みんな結構転んでいるじゃないか)

と。

「転」という字は訓読みだと「ころぶ」ですが、音読みにすると「てん」、動詞にすると「転ずる」になります。
そして、仏教ではこの「転ずる」ということを非常に重視します。

「転ぶ」ことは確かに痛いし恥ずかしい。
でも転ぶことを通して何らかの教訓なり知識なりを得ることができたら、それは「ただ痛かっただけ」の記憶ではなくなります。
確かに辛い体験だったけれどもあれは自分にとって大事な学習の機会だった。
あの悲しい出来事が自分の人生を、その後の自分の生き方、歩き方を決定付けた。
こう心から頷くことができれば、その体験・出来事の意味は変わってきます。
つまり、意味が「転じた」のです。

私の恩師は大学で教鞭をとられる前は、郷里(広島県の山間部)で高校の教師をしておられました。

昭和30年代前半から40年代の初め。
ちょうど日本が「高度経済成長」へと向かう時代で、それまで卒業後はそのまま家業に従事していた農家の子供たちが、集団就職で大勢都会に出ていくようになる。
そんな時代だったそうです。

勤務しておられた高校でも、時代に合わせて商業科を設立して就職指導―勤務時間が決まっていて何時から何時まで働く。休憩時間以外はむやみに腰かけない、といったことから教えていかねばならず、そのための講習会が催されたそうです。

昭和39年(1964)頃のこと、広島市内のある社長さんが「就職の心構え」という題で講演されたのですが、壇上に登って挨拶されたその方は、開口一番

「みなさんは、南無阿弥陀仏という言葉を知っていますか。
 人間は必ず死ぬんですよ。
 自分が死ぬということを計算に入れないような人生観は、全然信用することができません。」

と発言されたそうです。

この言葉を聞かれた師は感銘と共にこう直感されたそうです。

「この人は被爆の経験を持った人に違いない。
そして、この人は安芸門徒(あき・もんと)であろう」

と。

安芸の国(広島県の旧称)は、古くから親鸞聖人の言葉に耳を澄ませ、それを人生の指針として来られた人々(門徒)の多い土地柄です。

昭和20年(1945)8月6日、広島市に原子爆弾が投下され、20万人ほどの人が亡くなりました。
運良く生き延びた人も「いつ原爆症が発症するか」という不安を抱えながら生きねばならなくなりました。
(恩師もそのお一人です)

おそらくこの方は、投下直後の市内の惨状を目撃し、自らも被爆して、自分はこれからどう生きていけばいいのか、と自問なさったのではないでしょうか。
そして真宗の教えの聴聞を通して、自身の生き方を、それも襤褸(らんる・ぼろきれ)のごとく死んでいった人たちの死を、その無念の想いを無駄にしない生き方を模索してこられたのではなかったでしょうか。

その求道の歩みがどんなものであり、どれほど苦しいものであったのか、私には正直想像もつきません。

しかし、その歩みの成果の一つが、田舎の商業科の高校生に対する就職の心構えを語る際に発した最初の言葉。
これから都会に出て働く若者に、「まともな人間」として生きていってもらうために一番に伝えるべきこと、「根っこ」として覚えておいてもらいたい大事なことはこれだ、ではなかったでしょうか。

師はそれを、

南無阿弥陀仏という言葉を知らないで、まともな人間と言えますか。
人間は死ぬのだということを真剣に考えないようでは、まともな人間とは言えないのですよ。
しかも自分が死ぬのだという、死を視野に入れて自分の人生を考える。
それが一番健康で確かな、自分をそして人間を見る眼なのですよ」

と「まともな人間になることを願う」言葉、正しい人間として生きていく道を指し示す「大変親切な問いかけ」として、私たちに紹介してくださいました。

「転ぶ」の言葉だけでは表現し切れない程の深刻な体験であっても、人はそこから起き上がろうとします。
人はそれすらも単なる悲劇としてだけで終わらせたくはないのです。

そこに私は、

「たとえどんな出来事に出遭ったとしても、私は自分の人生を空しいまま終わらせたくはないのだ」

という、執念にも似た人間の持つ根源的な願いと、

「それこそがお前の真の願いである。
 どうかその願いを満足させてくれ。
 そのためにこそ仏の法を聴聞して、あらゆる悲劇の意味を転じて、起き上がり続ける人生をこそ歩んでくれ」

と語りかけ、命じてくださる釈迦・弥陀二尊の悲心とを感じずにはいられないのです。


(『西念寺婦人会だより』2017年2月号に掲載)

【参考文献】
寺川俊昭「平和を支える宗教教育」
(『往生浄土の自覚道』、法藏館、2004年所収)


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