「この世をしもうていく」ために
7月発行の『西念寺だより 専修』第39号でも紹介しましたが、石川県・富山県地方には古くから「娑婆(この世)をしもうていく」いう言い回しがあって、人が亡くなった際に「あの人もしもうていかれた」といった使い方をするそうです。
「しもう」はおそらく「しまう(仕舞う)」―おしまいにする。片を付ける―が訛ったものでしょうし、「いかれる」は「逝かれる」、あるいは「往かれる」ではないでしょうか。
「この世をしまっていかれた」という言葉を亡き人に手向けることはつまり、
「あの方はこの世でなすべき自分の務め・役割を立派に果たし遂げて、命終ってお浄土に往生していかれました」
という、北陸地方(=真宗王国)ならではの、その人の人生に対する「餞はなむけ」、最大の「讃辞」なのではないでしょうか。
こう考えた時私は親鸞聖人が作られた「和讃」を思い出しました。
親鸞聖人はご自作の「和讃」の中で師法然上人の死を次のように表現されました。
阿弥陀如来化してこそ
本師源空としめしけれ
化縁すでにつきぬれば
浄土にかえりたまいにき
本師源空命終時
建暦第二壬申歳
初春下旬第五日
浄土に還帰せしめけり(『高僧和讃』)
法然上人は建暦けんりゃく2年(1212)1月25日に数え年80歳で亡くなられましたが、そのご生涯は、「南無阿弥陀仏」と念仏するものを必ず救わずにはおかないと誓われた阿弥陀如来の本願を人々に伝え広めることに尽くされたものであり、そのお姿はまさしく阿弥陀の応化身おうげしん(仏が人々を救うために仮に人間の形をとってこの世に現れた姿)とも呼べるものでありました。
そして、その教化・伝道の縁が尽きた時、すなわちそのなすべき仕事をすべて果たし終えられた時、法然上人はその本来の住まいであるお浄土へと還っていかれたのです、というのがこれら2首の和讃の趣旨です。
法然上人のご生涯を讃えたこれらの和讃のお心と、「あの人もしもうていかれた」の言葉に相通じるものがあると感じるのは私だけでしょうか。
日本仏教史上、稀有な仕事をなされた法然上人と、北陸の一庶民を同列に並べるわけにはいかないでしょうが、私はこの言葉から、無数の名もなき庶民が、それぞれ多難な人生を通して念仏の教えを聞き抜き、そして語り伝えてきたという「歴史」を想像せずにはいられないのです。
では私たちが「この世をしもうていく」ためにはいったい何が必要でしょうか。
「私の人生こんなはずじゃなかった」「失敗だった」といった未練や後悔を残した最期であれば「しもうた」ことにはなりません。
「私の人生、これでよかった」と「しもうていく」ためには、たとえどんな辛い人生であっても
「これが私の人生である」
「今、自分が生きている此処こそが私の生きる場所、人生である」
「ここ以外に私の生きる場所はない」
と引き受けていくという「覚悟」が必要なのではないでしょうか。
しかし、これはそう簡単ではありません。
なぜなら私たちの眼は外に向いてついており、自分自身を見ることができないからです。
外に向いているその眼は絶えず、誰かと自分とを見較べて、
「あの人はいいなあ」
「恵まれているなあ」
「苦労がなくて幸せそうだなあ」
(それに引き換え自分には……)
と羨ましがるのです。
そして今の自分を不幸としか感じられない時、人はその誰か激しく妬み、憎んだりさえします。
(そして、その誰かはすぐ近くの人、実際には会ったことのある人とは限りません。
全く面識のないテレビ画面の向こうの有名人だったりタレントだったりもします。)
石川啄木(1886〜1912)がこんな歌を遺しています。
一度でも 我に頭を 下げさせし
人みな死ねと いのりてしこと
啄木の実像は浪費家の借金魔でしたから想像するに借金の申込みで頭を下げたのでしょう。
「天才」を自負していた啄木のことですからさぞかしプライドが傷ついたのでしょう。
また啄木にはこんな歌もあります。
友がみな われよりえらく 見ゆる日よ
花を買ひ来て 妻としたしむ
立派そうに見える友人の姿に落ち込む啄木の心情が赤裸々に詠まれた歌ですが、友達は何も啄木を落ち込ませるために偉くなったわけではありません。
友達が偉くなったのを見た皆が皆落ち込むわけではありませんし、啄木にしてもいつもいつも羨んで落ち込んでばかりだったわけでもないでしょう。
つまり「問題」は友人たちの側、態度や言動にではなく啄木の側、そう感じてしまう彼自身の心の方にあったのでしよう。
しかし外を向いている私たちの目は「問題」が自分自身の内側(心)にあることに気づきません。
人の心には自分と他人を比較して他を侮り、自らは思い上がろうとする抜き難い性癖があることを、人間の内面に目を向けた仏教の智見は「慢まん」(比較)の「煩悩ぼんのう」と言い当てました。
「これが私の人生」と引き受けさせないのはこの「慢」の仕業です。
自分の中の「慢」にこそ真の原因があることを自覚しない限り、時に他を羨んで自らを卑下し、時に他を蔑んで自ら驕り高ぶるという不毛な繰り返しから抜け出ることができません。
また、「較べる」とは、具体的な誰それの人生と比べる場合だけではありません。
「山のあなた」(カール・ブッセ、上田敏訳)という詩があります。
山のあなたの空遠く
「幸」(さいはひ)住むと人のいふ。
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。
(【訳】「山の彼方のはるか向こうに幸せが待っている」と人が言うので、実際に探しに行ったけれど、結局は見つけることができずに涙ぐみながら帰って来た。
けれどそんな私に、今度は「山の彼方のもっともっと遠くに幸せがある」と人が言うのだ。)
たとえ今の自分が「不幸」だと感じていない人であっても、
「ここではないどこかに、もっと幸せな場所がある。
今とは別の幸せが待っている。」
言葉を換えれば
「もっといい人生が、あなたにふさわしい幸せな人生あるはずだ。」
と囁かれれば心が揺らいでしまうのをどうしようもできない。
今の自分のそれとは違った別の人生を夢想し、それと比べて現実の人生を「不幸」だと思ってしまう。
人間はなかなか「今」に、目の前の「幸せ」に満足することができない生き物だと言わざるを得ません。
「あきらめる」という言葉は現在では「物事を断念する、放棄する」といったいわば悪い意味でしか使われません。
しかし、仏教において「諦める」とは「明らかに見る」、物の道理をしっかりとらえ、原因・結果を明らかにする、つまびらかにするという意味があります。
つまり道理を諦めることを通していたずらに「夢」を追うことを断念するのです。
それこそ「自分は自分だ」とあきらめる。
あるいは「ここ以外に自分の生きる場所がある」という想いが「夢想」でしかないとあきらめる。
仏教とは私たちにあきらめ=目覚めを促す教えなのです。
他人の幸福をうらやんではいけない。
なぜならあなたは彼の密かな悲しみを知らないのだから。(ダンデミス)
という言葉を最近知りました。
幸福そうに見える人がその陰でどれだけの辛さや悲しみを抱えているか。
いやむしろ人は皆、一人の例外もなく悲しみを背負って生きているのだ。
この言葉もまた、私に目覚めを促す仏さまからの教えの言葉なのかも知れません。
(『西念寺婦人会だより』2014年9月号掲載)
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