法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
 


豅弘信・研究業績一覧

 
 

【 著 書 】

   著   書   発行年月日 出版社 梗       概
 1  親鸞改名の研究 単著  2019年6月15日 法藏館  親鸞はいつから「親鸞」と名のったのか。元久2年(1205年、33歳)に親鸞が実名を「綽空」から「善信」に改めた、とする従来説を、その嚆矢及び根拠とされた史料から検討・批判し、『教行信証』「後序」・「親鸞夢記」等の精査精読を通して、改名の契機となった「夢告」及び改名の動機等についても推究、元久2年の改名が「親鸞」へのそれであり、「善信」は吉水期以来終生用いた房号、「親鸞」は法然の認可を受けた師資相承の名に他ならないことを解明した。 (総頁数529頁) 
           

《 書 影 》




 
 

【 学術論文 】

  学術論文    発行年月  発表雑誌(号数・他) 梗       概 リポリトジ 
 信仰的実存 単著 1985年1月   『親鸞教学』第45号(大谷大学真宗学会)    人間が本願の信の獲得においていかなる存在(信仰的実存)として成就するのか、との問題意識に立って、『大無量寿経』下巻・本願成就の文を考察した。その際、どのような存在として在る人間が、どのような体験を経て、どのような存在へと変革されるのかという視点から、「諸有の衆生」「本願信心の願成就の文」「本願の欲生心成就の文」をそれぞれ考察した。 (12頁・P53~P64 無し
「必可超証大涅槃」の仏道 単著  1986年12月 『大谷大学大学院研究紀要』第3号(大谷大学大学院)  法然『選択集』における「本願の行としての称名念仏」の主張と、それに対する明恵『摧邪輪』における「菩提心を撥去せる過失」の批難を手掛かりに、それらの歴史的応答の意味を持つ親鸞の菩提心観について考察した。 (27頁・P21~P47 無し
 往還二種回向について 単著 1988年3月  『印度学仏教学研究』第36巻第2号(72・日本印度学仏教学会)  親鸞の和讃・和文聖教に見られる「如来の二種回向との値遇」の表現をもとに、「信巻」欲生釈引用の『論註』起観生信章の文を検討し、それを本願の欲生心成就としての如来の往還二相と捉え、通俗的な二種回向理解への疑問を提示した。(6頁・P53~P58) 有り
 真実証 単著  1988年12月 『大谷学報』第68巻第3号(第258号・大谷大学大谷学会)  親鸞の『教行信証』「証巻」還相回向釈の内容を検討する前段階として,真実証釈及び還相回向釈引用の曇鸞『浄土論註』下巻・不虚作住持功徳の問答について考察し、親鸞が必至滅度・難思義往生と語った仏道「真宗」の内実を尋ねた。 (17頁・P61~P77 有り

 真宗仏道の成就

単著 1989年1月

『親鸞教学』第53号(大谷大学真宗学会)

 親鸞の『教行信証』「信巻」三一問答・欲生釈に引用される『論註』諸文とその前後の構成を検討し、この個所に二種回向が語られる意味、二種回向との値遇によって衆生にもたらされる願生道の積極性等について考察した。(24頁・P88~P111 無し

 戦前の大谷大学開放事業について

単著 1989年2月

『大谷大学真宗総合研究所紀要』第7号(大谷大学真宗総合研究所)

 大谷大学真宗総合研究所「大学開放と生涯教育の研究」班の研究事業の一環として、1922年(大正11年)から1930年(昭和5年)にかけて日本各地で開催された「大谷大学夏期講座」(または「大学拡張講座」)の記録を調査し、その開始と終焉、その歴史的背景等を考察した。 (31頁・P157~P187 有り
 清沢満之の分限の自覚について 単著 1989年11月

『真宗教学研究』第13号(真宗同学会)

 論文発表当時盛んであった清沢満之批判を視野に入れつつ、その日記『臘扇記』に登場する如意不如意の弁別、「真に自己なるもの」の探究、その如来観等に着目して満之における分限の自覚を考察し、それを親鸞における宿業観の歴史的等流と位置付けた。(14頁・P61~P74 無し
 親鸞の二種回向観について 単著  1990年3月  『印度学仏教学研究』第38巻第2号(76・日本印度学仏教学会)  建長8年(1256年、親鸞84歳)時成立の『入出二門偈頌』世親章に記された菩薩の入出二門、殊に出第五門の文の訓点に着目し、『教行信証』「信巻」欲生釈、および『浄土論註』親鸞加点本の訓点との比較を通して、親鸞の二種回向観、さらにはその法蔵菩薩観を尋ねた。(3頁・P127~P129) 有り 
 信に内観される如来 単著  1991年1月

『親鸞教学』第57号(大谷大学真宗学会)

 親鸞における如来観・大般涅槃観を考察するにあたり、『教行信証』「証巻」後半・還相回向釈に引用される『浄土論註』の文と、建長8年(1256年)の『論註』親鸞加点本とを比較し、その訓点の相違から、前者が菩薩が「衆生をして安楽浄土に生まれしめる」ことをその主題としていることに着目、還相回向釈が阿弥陀如来因位法蔵菩薩の永劫修行の内実を語るものであることを解明した。 (23頁・P37~P59 無し
10  親鸞の二種回向観 単著 1992年11月

『真宗教学研究』第16号(真宗同学会)

『教行信証』「信巻」欲生釈、「証巻」還相回向釈を中心に親鸞「己証」の二種回向観と、親鸞がそれによって明らかにした不退転の仏道について考察。併せてその二種回向観と、親鸞が晩年に強調したとされる諸仏等同・便同弥勒の思想や同時期の聖徳太子・法然の積極的讃仰との関連についても論及した。 (17頁・P56~72)

無し
11  親鸞の宿業観 単著 1993年9月

『親鸞教学』第62号(大谷大学真宗学会)

 本願の信の自覚内容として語られる親鸞の宿業観と、その宗教的信念が人間にもたらす「恩恵」について、『教行信証』「信巻」引用の『涅槃経』の阿闍世の獲信の物語をもとに考察した。 (25頁・P29~P53) 無し
12  本願の機阿難 単著 1994年8月

『親鸞教学』第64号(大谷大学真宗学会)

 釈尊の常随実昵の弟子であった阿難の経・律・論における描写から、提婆達多を兄とするなどの人間関係の中で懊悩し、それゆえに釈尊の生前に阿羅漢果を得ることができなかったその実像をたずね、阿難が『大無量寿経』の対告衆とされねばならなかった必然性として論じた。 (18頁・P22~P39)

無し
13

 親鸞の還相回向観

単著 1996年10月

『真宗教学研究』第18号(真宗教学学会)

 各種の文献(『大経』諸本、『論註』諸本)に登場する『大無量寿経』第22願文の訓点を調査し、親鸞在世時の通説的訓点を推定。『教行信証』「証巻」還相回向釈における親鸞加点との比較を通して親鸞独自の願文理解を考察した。(14頁・P54~P67) 無し
14 「善信」と「親鸞」(上) 単著 2000年3月 『親鸞教学』第75号(大谷大学真宗学会)

 元久2年(1225年)の親鸞の改名が通説の語る「善信」への改名ではなく、「親鸞」へのそれであるという自説の証明のため、通説の持つ問題点を指摘し、『恵信尼書簡』『歎異抄』等の史料によって、「善信」が房号であることをまず論証した。(13頁・P36~P48)

無し
15  大行とその源泉 単著 2000年9月 『大谷学報』第79巻第4号(第302号・大谷大学大谷学会)

親鸞『教行信証』「行巻」他力釈が、如来の本願力を定義する『浄土論註』下巻・利行満足章の「出第五門」の文、因位法蔵菩薩の五念門行を示す「菩薩の入出・自利利他成就」の段、そして本願の仏道の三側面(念仏往生・必至滅度・必至補処)を示す「三願的証」の段からなることを考察した。(20頁・P11~P30)

有り
16 「善信」と「親鸞」(下) 単著 200年12月 『親鸞教学』第76号(大谷大学真宗学会)

 元久2年(1225年)の親鸞の改名が「親鸞」へのそれであることを証明するため、『教行信証』「後序」の精読を通して、「名の字」を「親鸞」と了解することの必然性「親鸞」が、顕密仏教・権門体制下における聖道門、鎮護国家の仏教に択んだ「非僧非俗」の仏道、「無戒名字の比丘」、すなわち沙弥に成就する本願力回向の仏道を顕らかにする名であることを論じた。19頁(P50~P68)

無し 
17  「善信」実名説を問う(上) 単著  2010年3月 『親鸞教学』第95号(大谷大学真宗学会)

 存覚『六要鈔』の記述に基づいて、元久2(1225)の親鸞の改名が仮号かつ実名(仮実相兼ねた名)としての「善信」への改名であるとする鶴見晃氏の「善信」改名説に対して、当時の「実名敬避俗」の実例を挙げ、「善信」改名説の嚆矢である覚如が「善信」を房号と扱っている事実、鶴見氏の示した実例が「仮実相兼ねた」名の存在を証明していないこと等を指摘した。15頁(P40~P54)

無し
18  「三夢記」考 単著 2010年12月 『宗教研究』第84巻第3輯(第366号・日本宗教学会)

 古田武彦氏によって親鸞の真作を伝えるとされた専修寺蔵「三夢記」が、後代に成立した偽作文書に他ならないことを、それが末娘覚信尼に形見として与えられたものであるという点に着目して論証した。26-頁(P71~P96)

有り 
19  「善信」実名説を問う(下) 単著 2011年2月  『親鸞教学』第96号(大谷大学真宗学会)

『教行信証』「後序」の「名の字」は流罪の際に侮蔑の罪人名「よしざね」として用いられた実名「善信」を秘したものであり、親鸞は建暦2年(1212年)1月の法然の死を契機として自ら「親鸞」と名乗り、以後、「善信」「親鸞」の2つの実名を併用したとする井上円氏の「善信」実名説を検討・批判した。19頁(P38~P56)

無し 
20  「六角堂夢告」考(上) 単著  2011年3月  『大谷学報』第90巻第2号(第334号・大谷大学大谷学会) 『教行信証』「後序」に「夢告に依りて綽空の字を改めて」と記された親鸞に改名を促した「夢告」が、いつの、どのようなものであるかを考察する一環として真仏『経釈文聞書』「親鸞夢記」等が伝える「行者宿報偈(女犯偈)」に着目し、これこそが建仁元年(1201年)親鸞に吉水入室を促した「六角堂夢告」であり、それが吉水入門の契機となった理由について、まず考察した。 23頁(P22~P44) 有り
21  「六角堂夢告」考(下) 単著  2011年10月 『大谷学報』第91巻第1号(第335号・大谷大学大谷学会)

 親鸞入門当時の吉水教団をめぐる思想的状況、晩年制作の文明版『正像末和讃』の「皇太子聖徳奉讃」等の検討を通して、親鸞は建仁元年(1201年)に六角堂での夢の中で聞いた、「行者宿報偈(女犯偈)」を「此の文は吾が誓願なり。一切衆生に説き聞かすべし」とした救世観音の「告命」に順うべく、元久2年(1205年)に「親鸞」と改名した、と考察した。20頁(P22~P41)

有り
22 

「釈善信」考 

単著  2013年6月  『宗教研究』第87巻第1輯(第376号・日本宗教学会)

 古田武彦氏によって親鸞在世中に成立した最古の親鸞消息集とされた蓮光寺旧蔵本『血脈文集』中の、「釈善信」の記述を含む「親鸞自筆文書」(古田氏説)が、親鸞の用語例から見て後代に挿入された偽作文書であり、蓮光寺旧蔵本の錯簡・用語例等から見ても古田氏の主張自体が根拠に乏しいものであることを論証した。27頁(P27~P53)

有り 
23  「文明版」系『正像末和讃』祖本の成立に関する一考察 単著 2017年4月 『大谷学報』第96巻第2号(第346号・大谷大学大谷学会)

「文明版」系『正像末和讃』の祖本の成立に関して、「河州本」系写本の調査結果を通して親鸞自身の編集(親鸞編集説)を主張した佐々木瑞雲氏への批判を通して、親鸞没後本願寺に秘蔵されていた親鸞手稿本に後代の人間が、同じく本願寺に蔵されていた断簡状態の「皇太子聖徳奉讃」「善光寺如来和讃」等を加えたとする親鸞非編集説(別人編集説)を提示した。31頁(P23~P53)

有り
24  「愚禿善信」考 単著 2018年3月  『親鸞教学』第109号(大谷大学真宗学会)

 文明版『正像末和讃』における「愚禿善信」の撰号が、文応元年(1260年、親鸞88歳)に「正嘉の大飢饉」等の影響によって聖徳太子・法然の恩徳を回顧した親鸞自身によって記されたものとする説を、親鸞自身の著作から親鸞晩年の太子・法然の讃仰の実態を、当時の史書の記述から天災・飢饉・疫病等が頻発・蔓延する当時の世相を明らかにすることを通して批判した。17頁(P38~P54)

無し
     

 
 

真宗大谷派擬講請求論文】

 親鸞の二種回向観  1991年6月  親鸞における往還二種回向は、従来、「如来の本願力回向によって衆生に成立する往生浄土・還来穢国度人天の二相」を示す命題であると解されてきた。そして、このいわゆる「一回向二相」の図式に立って、還相は来生(浄土往生後)の事柄か、現生に開始されるものか、という議論がなされてきた。筆者はしかし、これは曇鸞『浄土論註』の原意―浄土の菩薩の回向行の往還二相―に引きずられたいわば〈伝承〉の二種回向論であると考え、和讃、『教行信証』「信巻」の欲生釈、「証巻」の還相回向釈等の検討を通して、親鸞〈己証〉の二種回向とは「如来の二種回向」―法蔵菩薩因位の五念門行の回向門・出第五門における二種の相、すなわち、衆生を往生せしめる相の如来回向(往相)、如来自らが還来する相の回向(還相)の本願力回向における二種の相であることを論述した。(400字詰×324枚) 無し 

 
 

【 学会発表 】

発表題目   発表年月 学術大会名 発表梗概  要旨掲載  リポリトジ 
 往還二種回向について 口頭発表
(一 般)
1987年6 日本印度学仏教学会第38回学術大会  ※発表内容を論文化して『印度学仏教学研究』第36巻第2号に発表。(発表時間=15分) ※学術論文№3を参照。 有り
2   親鸞の往還二種回向に関する一考察 口頭発表
(一 般)
 1988年9月

日本宗教学会第47回学術大会

 親鸞が二種回向を語る際に、「如来回向による衆生の往還」「如来の二種回向による衆生の獲信」という二通りの表現があることに着目し、親鸞の二種回向観の内容に、善鸞事件(1256年・建長85月、息男慈信房善鸞を義絶)を契機とした変遷があるのではないか、と考察した。(発表時間=15分

『宗教研究』第62巻4輯
(279号・P264~P266)
無し
3   清沢満之の分限の自覚  口頭発表
(一 般)
1988年11月

昭和63年度真宗教学大会(真宗同学会)

※発表内容を論文化して『真宗教学研究』第13号に発表。(発表時間=15分 ※学術論文№7を参照。 無し
4   親鸞の二種回向観について 口頭発表
(一 般)
1989年9月 日本印度学仏教学会第40回学術大会  ※発表内容を論文化して『印度学仏教学研究』第38巻第2号に発表。(発表時間=15分) ※学術論文№8を参照。 有り
5   親鸞の二種回向観 口頭発表
(一 般)) 
1990年9月  日本宗教学会第49回学術大会

 親鸞の二種回向に対する諸師の理解をたずね、「回向は如来に、往還は衆生にあり」とするその理解の典拠となった親鸞文献の、その発言がなされた背景(時代状況)、記載された文書の性格等を検討して、それらを親鸞における祖師「伝承」の二種回向観として捉え、そこで語られる還相へと究竟する往相を成立せしめる如来の二種回向、殊に如来の還相回向を語るものが親鸞「己証」の二種回向観であると論述した。( 発表時間=15分)

『宗教研究』第64巻4輯
(287号・P246~P247)
無し
6   親鸞の二種回向観 口頭発表
(一 般)
1991年11月

平成3年度真宗教学大会(真宗同学会)

※1991年2月提出の真宗大谷派擬講請求論文「親鸞の二種回向観」の梗概を発表し、論文化して『真宗教学研究』第16号に発表。(発表時間=15分 ※学術論文№10を参照 無し
7   親鸞の還相回向観 口頭発表
(一 般)
 1992年11月 平成4年度真宗教学大会(真宗教学学会)

『教行信証』「証巻」は冒頭・御自釈の「然者弥陀如来従如来生、示現報応化種種身也」を承けて「一如法性より衆生利益のためにこの娑婆界にきたる」無上涅槃の力用を語る後半の還相回向釈と、御自釈の「然煩悩成就凡夫、生死罪濁群萌、獲往相回向心行、即時入大乗正定聚之数」を承けて「衆生を一如法性にかえらしむ」力用を語る前半の「真実証釈」から成り立っていることを指摘し、特に後半還相回向釈について詳述した。(発表時間=15分)

『真宗教学研究』第17号
(P132~P133)
無し
8   親鸞の還相回向観 口頭発表
(一 般)
1994年7月 平成5年度真宗教学大会(真宗教学学会) ※発表内容を論文化して『真宗教学研究』第18号に発表。(発表時間=15分) ※学術論文№13を参照。 無し
               


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