法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
『中外日報』2018年5月2日号掲載論考
 
 


親鸞の「即得往生」観

小谷信千代氏の「現世往生説」批判に対して―  


〈1〉

近年、小谷信千代氏(大谷大学名誉教授)によって、曽我量深師に代表されるいわゆる近代真宗大谷派教学の系譜において形成されてきた往生理解を「現世往生説」親鸞の往生論を誤解したものとする批判がなされてきた。

筆者などは、名指しこそないものの明らかに氏の問題提起を意識したと思しき論考を多数目にし、学界の活性化に寄与されるところ大だと感じていたのであるが、氏自身は

「正当な論拠を挙げての反論は皆無」(著書『親鸞の還相回向論』「献本挨拶状」)

と発言され、また真宗大谷派出版部への抗議によって機関誌『真宗』2017年7月号への氏の新著『親鸞の還相回向論』(法藏館、2017年)の広告が掲載中止になるなど、そうとばかりも言ってはいられない状況となってきている。

そこで筆者は「健全な議論・批判」に基づく「教学の振興」の場の確保のため、浅学の身を省みず一文を認(したた)め、氏の論考に感じた問題点について指摘させていただくこととした。


〈2〉

氏の論考に対して筆者がまず感じる問題点は

「初めに『臨終往生』ありき」

というその姿勢である。

氏は、康僧鎧(こうそうがい)訳『無量寿経』(以下、『大経』)下巻の第18願成就文

「諸有衆生 聞其名号 信心歓喜 乃至一念 至心回向 願生彼国 即得往生 住不退転 唯除五逆誹謗正法」

に親鸞が注釈を加えた『一念多念文意』の

「即得往生というは、即は、すなわちという、ときをへず、日をもへだてぬなり。
また即は、つくという。そのくらいにさだまりつくということばなり。
得は、うべきことをえたりという。
真実信心をうれば、すなわち、無碍光仏の御こころのうちに摂取して、すてたまわざるなり。
摂は、おさめたまう、取は、むかえとると、もうすなり。
すなわち、とき・日をもへだてず、正定聚のくらいにつきさだまるを、往生をうとはのたまえるなり。」

の文について櫻部建師が述べられた

「しばしば、正定聚に定まるのがそのまま往生であると聖人は考えていらっしゃる、と見る根拠として挙げられています。
しかし、それは全くの誤解であると私は考えます。
聖人のことばは、
『正定聚に定まるのがただちに往生だ』
という意味ではなく、
『すなわち往生を得る(即得往生)と経文に言われているのは、正定聚に定まることを直截にそう言い表してあるのだ』
という意味であります。」
(「祖師聖人の往生観をめぐって寺川説の検討」、
            『真宗研究』43、真宗連合学会、1999年、154頁)

という一文を自身の考究の出発点(かつ結論)として挙げられるが、氏の考察は親鸞の往生観がいかなるものであるかの探究ではなく、親鸞の往生観が臨終往生であることの論証(つまりは「現世往生説」の否定)を目的とした、非常にバイアス(英語:bias、偏り)のかかったものであり、筆者は氏の論理展開に歪(いびつ)ささえ感じるのである。

〈3〉

氏は『大経』に一度だけ現れる、第18願成就文中の「即得往生」の語の特異性異訳やサンスクリット原典・チベット訳等に比して、往生が命終後であるとの明言がないに着目し、これが「現世往生説」を生み出す本となったと指摘される。
そして、この『大経』の異例な「即得往生」の語が他の浄土経典に説かれる臨終往生・命終往生とは異なる往生を説くものと誤解されないために、親鸞は『一念多念文意』で「即得往生」に解説を施したとされるのである。

ここであえて私は問いたいのであるが、往生が命終と明言されていないことが問題だと氏が指摘した第18願成就文は、浄土教教理史上において「臨終往生」を語るものと了解されてこなかったのであろうか。

しかし、事実は逆であり、親鸞在世当時の文献を紐解けば、この「即得往生」の「往生」がまさしく臨終来迎往生として、それも親鸞の師法然によって了解されていることが知られる。

元久元年(1204、法然在世中、親鸞書写の前年)11月書写の奥書を持つ法然の主著『選択本願念仏集』(以下、『選択集』)奈良県當麻寺奥院蔵本(以下、往生院本)において、この文は「念仏往生の願成就の文」として

「諸の衆生有りて、その名号を聞きて信心歓喜して、乃至一念心を至して回向して彼の国に生ぜむと願ずれば、即ち往生を得て不退転に住す」(原漢文)

という訓読で引かれている。

「即得往生」は「即ち往生を得て」と訓まれているが、法然は、

「まことに十念・一念までも仏の大悲本願なおかならず引接(いんじょう)したまう無上の功徳なりと信じて、一期不退に行ずべき也」(『西方指南抄』)

と臨終の一声までの称名を勧めており、「即得往生」とは、臨終に即時に来迎を得て「安楽不退の国」(『漢語灯録』)への往生を遂げるとの意である。

成就文以外にも往生院本『選択集』は、曇鸞『浄土論註』(以下、『論註』)の「易行道の文」、

「易行道者 謂但以信仏因縁 願生浄土 乗仏願力 便得往生彼清浄土 仏力住持即入大乗正定之聚」

の「乗仏願力便得往生彼清浄土」を

「仏の願力に乗って便ち彼の清浄の土に往生することを得」

善導『往生礼讃』(以下、『礼讃』)の「本願加減の文」

「若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現在世成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」

の「衆生称念必得往生」を

「衆生称念すれば必ず往生することを得」

と訓んで、これらを尋常(平生)の称名によって臨終に「往生することを得」る証文としている。※1

これに対して親鸞は、

「本願成就の文、『経』に言わく、諸有衆生、その名号を聞きて、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に回向せしめたまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得、不退転に住せん。ただ五逆と誹謗正法とをば除く、と。已上
                                       (『教行信証』「信巻」)
「『易行道』は、いわく、ただ信仏の因縁をもって浄土に生まれんと願ず。仏願力に乗じて、すなわちかの清浄の土に往生を得しむ。仏力住持して、すなわち大乗正定の聚に入る。」(「行巻」)
「また『無量寿経』に云うがごとし、『もし我成仏せんに、十方の衆生我が名号を称せん、下十声に至るまで、もし生まれずは正覚を取らじ』と。かの仏、いま現にましまして成仏したまえり。当に知るべし。本誓重願虚しからず、衆生称念すれば必ず往生を得、と。」(同上)

として、これらの文のいずれにおいても「得往生」 を

「往生を得」

と訓んでおり、親鸞は法然の往生観をそれと知りながら、あえて「即得往生」を

「即得往生は、信心をうればすなわち往生すという。
すなわち往生すというは、不退転に住するをいう。
不退転に住すというは、すなわち正定聚のくらいにさだまるとのたまう御のりなり。
これを即得往生とはもうすなり。
即は、すなわちという。
すなわちというは、ときをへず、日をへだてぬをいうなり。(『唯信鈔文意 』)

すなわち、

「如来の回向によって信心を獲得すれば、(今現在)即時に『往生』を得る」

と主張していることが知られる。

これらの文を読む限り筆者には、

「成就文の『即得往生』が現世往生と誤解されないように親鸞が経論を読み替えた。」
というより、むしろ積極的に「『誤解されるように』親鸞が読み替えた」としか思われない。

唯円の『歎異抄』は、

「おおよそ聖教には、真実権仮ともにあいまじわりそうろうなり。
 権をすてて実をとり、仮をさしおきて真をもちいるこそ、[筆者注・親鸞]聖人の御本意にてそうらえ。」

と語っているが、「親鸞」というフィルターを通さずに『大経』を読めば、『大経』は終始一貫臨終往生、それも臨終来迎往生を説く経典小谷氏が特異な用例であるとされる成就文の「即得往生」の文も含めてと了解されてきたのではないだろうか。

「現世往生と誤解されないように親鸞が読み替えた」と言うのであれば、親鸞は誰が誤解すると考えたのだろうか。
また、親鸞が読み替える以前の、「誤解されるような読み」とは具体的にどのような訓みなのであろうか。
親鸞の視界にはいったい何が映っていたというのであろうか。
小谷氏はこれらの点には一切言及されていない。

筆者は、小谷氏が語る「現世往生説」は近代教学の「往生」理解を正確に把握していないし、近代教学は決して「現世往生説」を語ってはいない、つまり近代教学に「現世往生説」なるものは存在しない、と考えている。
曽我量深師の語る往生論は「現世往生説」ではなく、あえて言えば「現生往生説」※2(長谷正當氏)である。

小谷氏は、「『現生往生』を証明するため試みとしての『親鸞の読み替え』はどこにも存在しない」と言う※3が、親鸞が『大経』第18願成就文に施した「即ち往生を得」の訓読こそが、「現生往生」を証明するため試みとしての「親鸞の読み替え」 である、と筆者は考えるのである。

〈4〉

また氏は『一念多念文意』の

「得は、うべきことをえたりという。真実信心をうれば、(中略)すなわち、とき・日をもへだてず、正定聚のくらいにつきさだまるを、往生をうとはのたまえるなり」

の文を、香月院深励師の

「得はうべきことに定まりたこと」(『無量寿経講義』)

との注釈に拠って、

「親鸞は、正定聚のくらいにつきさだまるということが、命終後にうべき浄土への往生が今この身に『約束されたものとして得られた』ことを意味するもの、と註解している」

と述べている。

しかし親鸞の用語例では、未来に何かを得ることが約束されたことを語る際には、「うべきことえたり」ではなく、「うべきことをえてんず」という表現を用いている。

親鸞は『一念多念文意』に「歓喜」を

「うべきことをえてんずと、かねてさきよりよろこぶこころなり」
「うべきことをえてんずと、さきだちてかねてよろこぶこころなり」
(将来、得られるであろう〈滅度、大涅槃〉を、必ず得られるであろう、と前もって喜ぶ心を「歓喜」と言う)

と抑えている。

また、この「うべきことをえてんずと、かねてさきよりよろこぶこころ」である「歓喜」に対して親鸞は、

「『慶』は、うべきことをえて、のちによろこぶこころなり。
 『楽』は、たのしむこころなり。
 これは、正定聚のくらいをうるかたちをあらわすなり。」(『一念多念文意』)

として、信心を獲得して今まさに正定聚に住することを慶ぶ心を「慶」の字で抑えている。

小谷氏は、本願成就文の「即得往生」が臨終往生ではないと誤解されないために親鸞は『一念多念文意』で注釈を施したとされるが、氏が親鸞の文章表現それ自体に忠実ではなく、江戸期宗学というフィルターを通してしかそれを見ようとしていないことが窺われる。

〈5〉

親鸞の往生観は臨終往生であると主張する氏の論拠は、もはや前掲の『一念多念文意』文中の「正定聚」の語に親鸞が施した

「おうじょう(往生)すべきみ(身)とさだ(定)まるなり」

の注(左訓)のみとなった。

しかし氏は、この「往生すべき身と定まる」の左訓を強調しながら、同じ『一念多念文意』の「正定の聚」の

「かなら(必)ずほとけ(仏)になるべきみ(身)となれるとなり」、

「等正覚」の

「まこと(真)のほとけ(仏)になるべきみ(身)となれるなり」
「ほとけ(仏)になるべきみ(身)とさだ(定)まれるをいうなり」、

「大涅槃」「無上大涅槃」の

「まこと(真)のほとけ(仏)なり」

といった左訓には一切言及されない。
「必ず滅度に至る身」「必ず大涅槃を超証すべき身」との了解が親鸞における「正定聚」(等正覚)の第一義であるにもかかわらず、である。

「正定聚」を、浄土への往生が今凡夫のこの身に現生において『約束されたものとして得られた』ことを意味するもの、としてのみ捉えるのであれば、実は親鸞に先立って法然が既に述べているとさえ言える。

前に挙げた往生院本における『大経』『論註』『礼讃』の文から知られるように、法然は専修念仏によって凡夫が現生で「臨終に必ず往生すべき身と定まる」と説いている。
そしてその心境を法然は、

「人の手より物をえんずるに、すでに得たらんと、いまだ得ざるといずれか勝るべき。
 源空はすでに[筆者注・往生を]得たる心地にて念仏は申すなり」
                                     (『法然上人行状絵図』)

と自ら述懐しているのである。

にもかかわらず親鸞は、従来浄土に往生して後と了解されてきた「必ず仏になるべき身となる」という意味での「正定聚」を、現生の信心獲得のその時に獲る位であるとし、それをもって「即得往生」を語る内容とした。

紙幅の制限上詳しい論証は割愛せざるを得ないが、例えば『浄土三経往生文類』(広本)に

「大経往生というは、如来選択の本願、不可思議の願海、これを他力ともうすなり。
これすなわち念仏往生の願因によりて、必至滅度の願果をうるなり。
現生に正定聚のくらいに住して、かならず真実報土にいたる。
これは阿弥陀如来の往相回向の真因なるがゆえに無上涅槃のさとりをひらく。
これを『大経』の宗致とす。
このゆえに大経往生ともうす。
また難思議往生ともうすなり」

と述べることから見ても、親鸞は「往生」を従来のような「ある一時点(命終)での他界への転生」、つまり「点」ではなく、「真実の信楽を獲る人は、現生に正定聚の位に住して〈因〉、必ず真実報土に到って無上涅槃の覚りをひらく〈果〉」という〈因〉―〈果〉を貫通した一連の「過程」全体、正定聚に住して開始される不退転の「道程」(大涅槃道)、つまり「線」として述べている。※4
(筆者は親鸞が「往生」理解におけるパラダイムシフト(英語:paradigm shift、常識的・支配的な解釈の変更)を試みたと考える)

この「正定聚」の語に付された左訓の「往生すべき身」を

「臨終往生が約束された身」

ではなく、

「『必ず大般涅槃に至る道を歩むこと』(=往生)のできる身」

と解釈することこそが、真に親鸞の意にかなった了解であると筆者は考えるのである。

小谷氏の反論に期待しつつ、今回の論考の筆を擱くこととする。

中外日報社発行『中外日報』2018年5月2日号掲載原稿に加筆・訂正)

※1
『選択集』の最古の本とされ、冒頭の題号及び標挙の文「選択本願念仏集/南無阿弥陀仏 往生之業・念仏為先」の21文字が法然の真筆と見られる京都府廬山寺蔵本が、一部に訓点が付されているものの本文の大半が白文であり、添削の跡も見られ、いわゆる草稿本の様態を示しているのに対して、「元久元年十一月二十八日書写了/願以此功徳往生一仏土而已」の奥書を持つ往生院本は定稿本の体裁を備えており、本文は終始同筆、全帖に施された訓点も本文とほとんど同筆、書写年時も法然在世中であることから、法然自身の閲覧を得た本の可能性もあるという。 (浄土真宗聖典編纂会編『浄土真宗聖典 七祖篇―原典版―』、本願寺出版社、1992年、「解説 選択集」参照)

また、元久元年(1204)11月は、同年3月に隆寛が法然から『選択集』を託されて書写し、親鸞が翌元久2年4月14日に書写を終えたその間にあたり、当時法然自身が『選択集』の存在を秘匿していたことと併せて、往生院本が隆寛・親鸞が『選択集』を書写した際に法然から預かった「底本」(法然所持本)の訓点を伝えている可能性は高いと筆者は考える。
※2長谷正當「曽我ははたして親鸞の往生論を誤解したか」
「曽我[筆者注・曽我量深]の往生論に対する[小谷信千代]氏の批判が的外れであるのは、氏が、曽我の『現生往生論』を『現世往生論』と決めて批判されているということである。
氏は、『現世往生』を、『来世の往生を現世にもってきて、現世で往生すること』と捉えられていると思われる。つまり、浄土を現世に取り込んで、『娑婆即寂光土』ないし『即身成仏』を説くものと考えられているようである。
しかし、曽我が説くのは『現世往生』ではなく、『現生往生』である。

 現生往生とは、浄土の超越性を否定するのではない。
浄土はあくまで現世を超越している。
しかし、その超越的浄土は未来から現在のわれわれのもとに到来して来ている。
それを感得する場を『現生』とするのである。
したがって、現生とは現世のことではなく、浄土や往生を受け取り、感得する「場」のことをいうのである。」
                      (『中外日報』・2017年11月8日付)
※3小谷信千代「親鸞の往生論への誤解を糺す」
「『現生往生』も『現生正定聚』と同様、浄土教本来の臨終往生の経説と矛盾するものなので、それを主張しようとすればその根拠を明示しなければならない。
『現生正定聚」を証明するために読み替えを試みたのと同様に、『現生往生』を証明する試みがどこかに見られ、またそれを試みたことを述べる伝承がどこかに残っていなければならない。
その試みも伝承もどこにも残っていない。
それらが残っていないことが、親鸞が往生を現生で得られるとは考えていなかったことをはっきりと示している。」
                     (『中外日報』・2017年11月24日付)
本論冒頭で述べたように、小谷氏は曽我量深師を始めとする近代教学者の往生理解を「現世往生説」として批判されているのであるが、この引用個所においては、なぜか、「現世往生」ではなく「現生往生」と記している。
※4安冨信哉『親鸞・信の教相』
「ここ[筆者注・寺川俊昭『親鸞のこころ』(有斐閣新書・1983年)、204頁]には『往生道』という言葉で、往生が表明されています。
そういう意味では、往生道という、往生を『点』としてとらえるのではなくて、『線』としてとらえていくという、一つの立場が示されています。……
ただ、点的往生理解に止まらないで、線的往生理解と言いましょうか、そういうように往生というものを了解していく。
それがこの『往生道』という言葉に寺川先生がこめられた意味なのではないかと思います。」
                                 (法藏館・2012年)


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