法話ライブラリー   真宗大谷派 西念寺
 
大谷大学大学院寺川ゼミ生追悼文集『同座・証誠護念の人 寺川俊昭先生』(2021年3月)寄稿原稿
 
 


「仏者」寺川俊昭師を偲ぶ

 
  

大谷大学大学院修士課程に進んで先生のゼミの門を叩いたのは昭和57(1982)年春だった。

爾来40年。

昨年9月28日の夕刻、93年の生涯を終えられた先生の、辛苦に耐えた枯木の如きお姿に接してなお、私の脳裏には在りし日の先生の温顔と柔らかなお声が甦ってくる。

先生の果たされた業績や先生と接した折の楽しい思い出はひとまず措いて、ここでは私が目にした「仏者」としての先生のお姿を記しておきたい。

私がゼミ生であった頃、他のゼミに対する無邪気な対抗意識からか、先生を囲んだ私塾(学び舎)を作って頂きたい旨を度々先生に申し上げた者があった。
しかし先生は首を縦に振られなかった。
明確に

「駄目です」

とは仰らなかったものの、

「う〜ん、ちょっとそれは……」

と言葉を濁されるのが常であり、ようやく先生がお聞き入れ下さり、平成7(1995)年に始まったのが京都市コ圓寺での「歎異抄講義」(「願慧の会」)であった。

学内の政治的状況への配慮も当然おありだったとは思うが、先生は発言した学生の意識をこそ厳しく問い返しておられたのだ、と私は考える。

「あなたはどういう意図でそれを言い出すのですか。
 純粋に仏道を、親鸞に学びたいと思ってのことなのですか。
 提案の動機に何か不純なものが混じってはいませんか」
人間が集団を形成すれば雑多な関心が必ず紛れ込んでくる。
「先生がこう言われた」とその言説に依存して思考放棄したり、集団に属することを自身の「権威」としたり、時には政治的勢力として利用する企てすら生じかねない。
「先生を『看板』『神輿』にする」と書くのは直截に過ぎるだろうか。
(たとえ内部にその意図はなくとも外部からは間違いなくそう見られたであろう。)

先生はそのような事態を予見され、
「私の下で群れてはなりません。
 自らの主体性と責任のもと、『独立者』として自分の足で歩き、自分の頭で考え、そして自分の言葉で語りなさい。」

と諭して下さっていたのであろう。
まさしくそれは

「犀の角の如くただ独り歩め」
「仁者、ただ決定してこの道を尋ねて行け」

との「発遣」に他ならない。

ご長男に第一子が生まれられた頃のこと、私は先生にふと、
「お孫さん、お可愛いでしょう?」

とお尋ねしたことがあった。
しかし先生はひと言も発せられず、そのお顔は無表情であった。

瞬時に

(まずい!!
 これは、やらかした!?)

と悟った私は、内心の冷や汗を隠しつつ、咄嗟に

「先生、『教行信証』のあの問題についてですが……」

と話題を切り替えた。
すると先生はいつもと変わらぬ表情・口調でスラスラと語り出された。

この一件は私にとって、先生から

「私とあなたは仏道の学びにおける師弟(朋友)、いわば『公』の関係であって、それ以外ではありません。
 仏道以外の私的で些末な話題には用がありません。」

との「痛棒」を喰った忘れ難い体験であった。

このように仏道の学びに関しては誠に峻厳な先生であったが、真摯に歩まんとする後進たちに向けられる眼差しは慈愛と敬意に満ちており、学生に対していつも敬語で語りかけておられた。
自身のゼミ生を「弟子」ではなく「学友」と呼ばれ、他ゼミの学生に対しても「わが弟子・ひとの弟子」といった分け隔てをなさらなかった。

これらの「仏者」としての先生の面目は、令和元(2019)年8月7日の修士ゼミ同窓会の折、門下生一同に向けて語られた

「考えてみれば嬉しいことではありませんか。
 私たちが結ばれた縁は仏教を縁としております。
 どうぞ、与えられた業を存分にお果たし下さいますよう、あらためてお願いを申し上げます。
 すぐれた力を存分に発揮して、真宗のために奮発して下さいますよう、お願い申し上げます。」(『安慰の大道』所収「ゼミ生への最後の言葉」より)

とのお言葉(ご遺訓)に凝縮されている。

先生の最晩年、私は幸運にもいくつかの論考を世に問うことができた。
先生からはその都度ご丁寧な労いと激励のお電話を頂戴したが、
「寺川です。」

とのお声を聞いた瞬間、私の背筋は真っ直ぐに伸び、電話が切れるまで決して崩れることはなかった。

私は先生の門下(学友)に加えていただけたことを心から誇りに思う。
しかし同時に、先生の門下(学友)であることに恥じない自分でありたいと強く願う。

ただ今後、私が学びの成果を公にする機会があったとしても、肉身の先生にそれをご報告できないことが何よりも寂しく、そして悲しい。

(2022年3月19日発行『同座・証誠護念の人 寺川俊昭先生』掲載原稿に加筆・訂正)


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